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原則として、大会と関係ない宣伝行為は観客席では禁止されている。
しかしエディリア剣術界の大物愉快犯こと「八代目ふわふわ魔女」をそんな原則で縛れる訳もなく、自陣営の応援用横断幕を私物化してギリギリの線を突くというタチの悪い方法で、コルティナは自身も関わっている「劇場版エーレマークⅡ」の宣伝を易々と成し遂げた。
もっとも当のエーレを応援している人達は、
「エーレマークⅡ! エーレマークⅡ!」
元々エーレのイメージキャラクターである「エーレマークⅡ」のイラストが描かれた大きな旗を振りつつ、「エーレマークⅡ」とひたすら連呼する事で、堂々と「劇場版エーレマークⅡ」の宣伝をしているも同然だったのだが。
「何かもう、観客席の半分位が映画の広告になってるんだが」
「これで広告費はタダだもんな。マントノン家は映画配給会社からいくらかもらってもバチは当たらないと思うぜ」
「映画の公開時期を大会の後に持って来たのも、この状況を見越しての事か」
実際は製作スケジュールの都合の方が大きいのだが、多くの観客達はそんな裏事情を知る由もない。
「エーレも大変だな。たった一人でレングストン家からマントノン家に遠征している上、これだけの観客の期待を全部背負わなくちゃならない訳だから」
やがてエーレの試合が始まり、宣伝と表裏一体の応援がヒートアップする観客席の中、昨年まで一緒に大会を戦っていたティーフが冷静にそんな感想を述べる。
「でも、エーレにはエーヴィヒさんがついてるから」
「愛するエーヴィヒさんの為に、エーレは健気に頑張ってるのよ」
「愛の力で優勝まで行くんじゃない?」
同じく去年まで一緒に大会に出場していた周囲の仲間達は、もう自分達が試合をしていないという気楽さもあってか、恋愛脳全開でティーフにそう答えた。
ティーフは、はあ、と小さくため息をついてから、
「エーレがエーヴィヒさんと結婚する日も、そう遠くないのかな」
過ぎ去りし青春の日々を懐かしみつつ、流れ行く月日の早さと少女時代の終わりを実感する様に、ぽつりとそんな事を言う。
もう、何も考えずに剣を振るっていられた時間は終わったのだ。
「そりゃそうよ。ここまでのエーレのアウフヴェルツ社への貢献度から言って、しない方がおかしいわ」
「ここで映画が大ヒットすれば、さらに強力な後押しになるんじゃない?」
「莫大な興行利益が持参金代わりかあ。上流階級はスケールが大きいなあ」
そんなティーフの心情におかまいなく、結婚話に花を咲かせる仲間達。
「皆先に行ってしまうんだなあ。私なんかどんどんおいて行かれそうだ」
幸せだった頃の記憶にとらわれる余り、新たな世界へ踏み出すのにやや躊躇気味なティーフのそんな自嘲も、
「大丈夫! ティーフにだっていい人が現れるよ!」
「案外、あんたみたいな方が早く結婚したりするんじゃないかな。結構幸せになれそう」
「で、私らみたいのが、何年経っても独身だったりね。策士策に溺れる的な?」
恋愛脳にかかってはご覧の通り「彼氏が出来ない悩み」にすり替えられてしまい、話が全くかみ合わない。
試合場ではエーレが難なくマントノン家の選手に勝利して大喝采を浴びていたが、その喧騒の中、色々な意味で寂しさを感じてしまうティーフだった。




