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エーレの肉球、もといちっちゃなお手々を堪能したエーヴィヒは、顔に赤みを残したまま決まり悪げに睨みつけて来るこのちっちゃな生き物に微笑みつつ、「劇場版エーレマークⅡ」に話を戻す。
「最初は相乗効果を狙って、次の全国大会開催と同時に公開する話もあったのですが、『それでは製作期間が短すぎて、満足な作品が創れない』という製作側の要望と、『大会直前に声の収録作業が入ると、エーレさんの試合に悪影響が出てしまう恐れがある』という配慮から、公開時期は大会後しばらく間を置いてから、という事になりました」
「ありがたい事です。映画と大会の両方が中途半端になってしまっては本末転倒ですから」
動揺が長引けばそれだけエーヴィヒを喜ばせるだけだと悟り、平静を装いつつ答えるエーレ。
「製作側としても、エーレさんに大会で良い結果を残してもらった方が映画の宣伝になりますし」
「及ばずながら全力を尽くさせて頂きます」
「その際にはアウフヴェルツ社のテレビCMも映画とコラボしたものを流す予定です。映画の映像を流用するので、製作費もかなり抑えられる利点があります」
「一挙両得ですね」
来年のCMは幼女役を押し付けられる事もなさそうだと分かり、どこかほっとした表情になるエーレ。
「まあ、何か良いアイデアがあれば、費用を惜しまずに例年の様なCMを撮る事もあり得ますが」
「お金は大事です。節約出来る所はしっかり節約してください」
しかし油断出来ないと見るや、ちょっと動揺を隠せなくなるくエーレ。
「その辺はコルティナさんともよく相談してみましょう。その手のアイデアが豊富でしかも実績がありますから」
「やめてください! また面白がって何か私に変な事をやらせようとするに決まってます!」
からかわれていると分かっていながら、つい声を荒げてしまうエーレ。
「いずれにせよ、それはまだまだ先の話です。まずは『劇場版エーレマークⅡ』が当初の予定通りに完成する事を祈りましょう」
望み通りの反応に満足げなエーヴィヒ。
「スタッフの皆さんが一生懸命に頑張ってくださっている様ですし、大丈夫ではないでしょうか」
そんなエーヴィヒの笑顔にイラッとしつつも、平静を取り戻そうと努めるエーレ。
「もっとも最善を尽くしても、他の要因によって思わぬアクシデントが起こらないとは言えません。我々の様な電子機器メーカーでも、大雨で海外の工場が水没したりすれば生産管理に大きな支障を来たす様に」
「スタッフの皆さんが病気やケガで倒れて作業出来なくなる可能性もありますね。あって欲しくない事ですが」
「機材は壊れてもまた作り直せますが、かけがえのない人材が倒れてしまったらその損失は計り知れません。特にあの業界では」
「皆さんの無事を祈らずにはいられません。切に」
エーヴィヒにからかわれた事も忘れて、製作スタッフの心配をするエーレ。
まだ誰かが倒れた訳ではないのだが。