◆51◆
レングストン家の現当主にしてエーレの父親であるムートが、バカ映画の続編に甲冑の中の人役で再び起用される事の是非について、コルティナとエーレの議論は続く。
「レングストン家にとって、いい宣伝になるんじゃないかなー」
他人事だと思って軽く言うコルティナに対し、エーレは、
「二度も、当主自らホラー映画の殺人鬼役を務めたら、ウチの道場のイメージがどんどん悪くなるじゃない。『あそこの剣術は殺人鬼用だ』、とか言われそう」
「でも、元々剣術は、人殺しの技だよー」
「それはそうだけれど」
エーレは紅茶に口を付け、少し考えてから、
「今は、人殺しの為に剣術を習いに来る人はいないわ。軍隊や警察で教えられているのは別として」
「その軍隊や警察での指導にしても、マントノン家が独占してるよねー」
「だからと言って、『じゃあウチは差別化を図る為に、殺人鬼への指導を独占しましょう』、って訳にもいかないし」
そう言って微笑むエーレには、映画鑑賞中のうろたえ振りはどこへやら、軽い冗談が言える程に余裕が回復していた。
「あ、エーレの後に甲冑が」
「いやっ!」
ソファーから飛び上がり、怯えた表情で後を振り返るエーレ。まだ完全には回復してなかった模様。
「うふふ、冗談、冗談」
「悪趣味な冗談はやめて!」
「ごめん。まさか、ここまでいい反応してくれると思わなかったから。そんなにあの映画怖かった?」
「こ、怖くはなかったけど、わ、私の趣味じゃなかったわ」
「これはしばらく後を引くねー。このお屋敷の廊下にも甲冑が飾ってあるし」
「やめて」
「夜中、誰もいない廊下を、カシャン、カシャン、と」
「あー、あー、聞こえない!」
両耳を塞いで抵抗するエーレの子供っぽい姿がやたら可愛らしく、つい意地悪してしまうコルティナだった。
その影響か、数日後、レングストン家の当主にして、エーレの実の父親であり、『歩く甲冑 ~呪われた剣士の亡霊が首を斬りにやって来る~』の甲冑の中の人役を務めたムートが、
「最近、何故かエーレが私に冷たいんだが」
と周囲にこぼし、その度に、
「そういうお年頃ですよ。いつまでも子供じゃないんですから」
などと、的外れな慰めの言葉をもらっていた。
若気の至りは、時を超えて自分を苦しめる事がある。
人はそれを自業自得と呼ぶ。