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「小学五年生で初めてウチの全国大会に出場した時には、八年後にロボットアニメの声優をやらされる羽目になるとは夢にも思いませんでした。しかも巨大ロボット役で」
レングストン家の書斎で「劇場版エーレマークⅡ」の出演について、父にして現当主のムートに報告する、娘にして今やエディリアの国民的マスコットのエーレ。
「ついにお前も映画デビューか、血は争えないものだ。実は私も若かりし頃に知人が監督をしている映画の主役を務めた事が」
「知ってます。バカ映画マニアから絶賛されたという超B級ホラー映画ですね」
しみじみと語り出す父の言葉を、最後まで聞きたくないとばかりに遮るエーレ。
「知っていたのか。なら話は早い。私は次々と人を剣で惨殺する甲冑の役で」
「甲冑というより甲冑の中の人の役でしたね。顔出しNGの怪獣映画における着ぐるみの中の人的な」
「ははは、父は甲冑の中の人、娘は巨大ロボットの中の人か。やはり親子というのは、知らず知らず同じ様な道を歩むものだなあ」
「歩みたくはありませんでしたが、レングストン家の為に仕方なく歩まざるを得ませんでした」
「私もレングストン家の為に出演した様なものだよ」
「しれっと嘘をつくのはやめてください。映画の製作費を使い込んでしまった監督に泣きつかれて、急遽代役として出演したという裏事情は、情けないエピソードとして有名です」
「きっかけはどうあれ、結果が大事なのだよ」
「『レングストン家の当主が若い頃バカ映画に出ていた事がある』という、しょうもないトリビアが出来た事がですか?」
「お前もいずれ、『レングストン家の令嬢が若い頃バカ映画の声優をやっていた事がある』と言われる様になるさ」
「失礼な、誰が『バカ映画の声優』ですか!」
「違うのか?」
「うっ……まだ完全に違うとも言い切れませんが、脚本を見た限りでは普通にシリアスなロボット物でしたよ」
「私の時も脚本を見た時点では、普通にシリアスなホラー物だった」
「アレのどこが普通のホラーだ! 脚本の時点でバカ映画確定だろ!」
会話がかみ合わない天然ボケな父親をつい怒鳴りつけてしまうエーレ。
「いいかね、エーレ。出演したのがバカ映画かどうかはあまり重要ではない」
「いや、かなり重要なポイントですが。俳優によっては黒歴史として経歴から抹消する事もあるとか」
「一度出演すると決めたからには、生半可な気持ちではダメだ。手を抜かず、最後までしっかり演じなさい」
「そ、それは、当然です。スタッフの方々も真剣に取り組んでいますし」
「ロボットの役ならロボットになりきる事が大切だ」
「はあ」
「ロボットの動画をたくさん見て、その動きを研究するといい」
「いや、私、声の演技だけですし」
「ロボットっぽい話し方をすればいいのだな?」
「そういう事になりますね」
「ツギノ シンゴウヲ ヒダリニ マガッテクダサイ」
「それはカーナビです」
「アンショウバンゴウヲ ニュウリョク シテクダサイ」
「それはATMです」
「オマエノ ムスコハ アズカッタ」
「誘拐犯が脅迫電話で使う合成音声になってどうする」
「ワレワレハ ウチュウジンダ!」
「ロボットだと言ってるでしょうが!」
かみ合わないにも程がある父と娘だった。




