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エーレとのガールズトークに興じたシェルシェはその日の晩、マントノン家の屋敷の書斎で、
「今日はエーレに、『あなたの結婚にはエディリア剣術界の明日が懸っている』、という事実をよく言い聞かせてあげました」
ガールズトークと言うよりビジネストークもしくは脅迫に近い内容を、前々当主にして祖父のクペに報告し、
「遠慮のない仲とはいえ、結婚というのは個人的かつデリケートな問題だから、プレッシャーを与えるのも、その、程々にな」
その直球な生々しさに、やや戸惑いを隠せないおじいちゃま。
「エーレは中々素直になれない性格ですから、こういう風に背中をそっと押してくれる人は多い方がいいのですよ」
「背中をそっと押すと言うより、嫌がる芸人を熱湯風呂にグイグイ押し込もうとしている様な気がしないでもないが」
「ふふふ、お笑い番組の見過ぎです、おじい様。その手の熱湯風呂にも、実際は心地よいぬるま湯が使われているのは誰もが知る所です」
「ならばいいのだが」
妙に納得するおじいちゃまに、もしその場にエーレがいたら「よくない!」と声を荒げた事であろう。
「エーレは最愛の人を得て、エディリア剣術界はアウフヴェルツ社の技術力を得る。実にウィンウィンなこの結婚にはマイナスの要素が何一つとしてありません。近年まれに見るいい話ではありませんか」
「政略結婚の理想形だな。ただ、別の家の娘を利用する政略結婚というのはどうなのか」
「利用ではありませんよ。幸せのおこぼれにちょっと預からせてもらうだけです」
「ちょっとどころか、『エディリア剣術界の明日が懸っている』と言わなかったか」
「ふふふ、エーレの幸せがそれだけ大きいと言う事ですよ」
お前は結婚式でここぞとばかりにぼったくる悪質ブライダル業者か。
そんなツッコミが一瞬脳裏をよぎったが、もちろん口には出さないおじいちゃま。
「心配しないでください、おじい様。エーレにはエーレの幸せがある様に、私には私の幸せがありますから」
「あ、ああ、分かっている。お前はお前の好きにするがいい」
心配しようがしまいが、この孫娘は自分の好きな様にしかしない事をよく知っているおじいちゃま。




