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抱っこされるのが嫌で腕の中でじたばたともがくやわらかくてあったかくてモフモフな小動物を、逃がさぬ様に優しく、しかしがっちりとホールドするのは飼い主にとって楽しい一時である。やや意地悪だと分かってはいるのだが。
「コルティナと私の分までエーヴィヒさんと幸せな家庭を築くのですよ、エーレ。それがまっすぐなあなたに課せられた大切な役目です」
そんな風にエーレを結婚話から逃がさぬ様にホールドし続けるシェルシェと、
「何か死に際に託す遺言みたいな言い方はやめて、重いから! って言うか、『分まで』って何!」
もがき続けるちっちゃなエーレの会話が続く。
「コルティナも私も、今は『幸せな結婚』と程遠い状況ですからね。『剣術をやっている女性は結婚が遠のく』という根も葉もない風評被害が生じるのを防ぐのに、あなたの結婚は好都合なのですよ、エーレ」
「私の人生を妙なプロパガンダに利用しないで! それより、あなた達が『幸せな結婚』をすればいいだけの話でしょう!」
「コルティナと私は、『あの人達だってまだ結婚してないんだから、私も大丈夫』という、未婚女性に親近感と希望を与える役目です」
「何その後向きな役目」
「ふふふ、冗談ですよ。結婚だけが女性の幸せとは限りません。大切なのはエーレが言った様に、『私は私』、と割り切れる強さです」
「ま、まあ、そういう事よね」
「エーレとエーヴィヒさんの結婚には、もっと別の利用価値がありますし」
「結局利用する気か」
「あなた達の新婚生活にはエディリア剣術界の未来が懸っているのですよ」
「どんな新婚生活よ」
「何と言っても、アウフヴェルツ社の技術力は魅力的です」
「ウチとアウフヴェルツ社で開発したVRシステムを乗っ取る気?」
「ふふふ、そんな不義理はエーヴィヒさんが許しませんよ。あのVRシステムはエーレとエーヴィヒさんとの、言わば愛の結晶ですからね。誰が愛しい我が子を他人に差し出すものですか」
「気味の悪い言い方はやめて、お願い」
「アウフヴェルツ社に協力して欲しいのは、VRではなく実際の剣術の試合の機械判定の実用化です。以前にも言いましたが、統一ルールによる剣術のスポーツ化にはそれが重要なのです」
「機械判定については、ウチでは当分採用する気がないから、確かに技術的にはかぶらないわね」
「実にもったいない話です。ですからそのもったいない部分を、エディリア剣術界の未来の為に役立ててくれたら、と思っているのですよ」
「いいんじゃない? でも、エーヴィヒは私達のVR関係で手一杯だから、どうしても担当は他の人になるかもしれないけど」
「未来の旦那様の体調を気遣う辺り、早くも妻の心遣いが伺えますね、エーレ」
「違う! 私とエーヴィヒを無理やりくっつける必要もないでしょうって事! マントノン家が直接単独でアウフヴェルツ社に依頼すればいいじゃない!」
「技術的にかぶらないとは言え、エーレに仲介してもらった方が、アウフヴェルツ社としてもレングストン家にあらぬ誤解を与えずに済みますからね」
「ぐぬぬ」
結局、自身の結婚話から逃れる事に失敗してうなるエーレ。
「ふふふ、あなたの幸せはそのまま私達の幸せでもあるのです」
そんなエーレに微笑みつつ、「お前の物は俺の物」的な事をのたまうシェルシェ。