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コルティナの来訪から一週間後、今度は自分が知らない間に着々と結婚へ追い込まれつつあるちっちゃなエーレが、一人でマントノン家の屋敷を訪れていた。
「先週は抜けられない用事があって来られなかったけど、コルティナは来たんでしょ? 何かまた良からぬ事を話してなかった?」
応接間のソファーに腰掛けるとすぐに、一番気になっていた事を尋ねるエーレ。
「ふふふ、コルティナの場合、良からぬ事以外の話をする方が珍しいです」
テーブルを挟んで向かい合い、その場にいない親友について割とひどい事を言う女当主シェルシェ。
「まあ、それはそうだけど。じゃ、逆に聞くわ。良からぬ事以外の話は?」
「あなたとエーヴィヒさんの結婚について色々と語ってましたよ」
「それが一番良からぬ事じゃない!」
つい声を荒げるエーレ。
「ふふふ、落ち着いてください、エーレ。あのコルティナ特有のからかう調子で言われれば、売り言葉に買い言葉で、ついあなたが突っかかってしまうのも分かります。ですが真面目な話として、これまでのアウフヴェルツ社とレングストン家の関係を考慮すれば、政略結婚的にあなたの嫁ぎ先はほぼ決定していると思うのですが?」
エーレは一瞬突っかかりそうになったものの、シェルシェの落ち着きのある笑顔を見て、冷静さを取り戻し、
「そうね。あまり愉快な話ではないけれど、レングストン家の娘として生まれた私にわがままを言う権限はないわ。運命とあれば心を決めなくてはならないのが剣士だもの」
そう言ってから、「そっとしておいて」と言わんばかりにそっぽを向いて、紅茶の入ったティーカップに口を付け、
「んむっ! げほっ、げほっ!」
むせる。
「エーヴィヒさんと添い遂げる覚悟は、一応出来ているのですね?」
ハンカチを手渡そうとするシェルシェ。それを断って、自分のハンカチを出して口に当て、
「不本意ながら、よ。あなたがマントノン家の為に当主を継いだ様に、私もレングストン家の為にあの変態と結婚する、それだけよ」
息を整えてから、忌々しげにそう言った。
「ふふふ。その二つを同列に並べるのは無理がありますよ、エーレ」
「悪かったわ。あなたの当主としての誇りを、あの変態を引き合いに出して傷付けてしまってごめんなさい」
「いえ、そうではなく、私の当主としての苦悩を、あなたの苦悩のポーズをとっただけの幸福には置き換えられない、と言う意味です」
「ポーズじゃなくて純然たる苦悩よ! あなたは夫が変態でもいいって言うの!?」
「たとえ変態でも妻の剣術に理解があるならば、それは最高の夫ではないですか?」
「う……」
剣術を引き合いに出されると弱い、熱血スポ根気質のエーレ。
「ま、まあ、そこだけは評価してあげてもいいけど! そこだけは!」
そして中々素直になれないツンデーレ。




