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コルティナが大量のお菓子と共に持参した虚実混交の様々な情報について、その日の晩、マントノン家の屋敷の書斎で現当主シェルシェが前々当主クペに報告していると、
「あの小さなエーレがもう結婚とは。ついこの間まで、お前達と一緒に庭で無邪気に遊んでいた様な気がするが、月日の経つのは早いものだなあ」
情報より、まず孫娘達の成長にしみじみとしてしまうおじいちゃま。
「ふふふ、名家の子女なら幼少時に婚約して、結婚可能な年齢に達すると同時に籍を入れる事も珍しくないでしょう」
そんなおじいちゃまを見て微笑む、実年齢以上に精神年齢が高くなり過ぎて始末に負えなくなってしまった孫娘。
「本来なら、そろそろお前達にも相手を用意してやらねばならない時期だが、お前にはお前の考えがあるだろうから、余計なおせっかいはやめておこう。もちろん、私の紹介が必要な時はいつでも言ってくれ」
「理解のあるおじい様を持って私は幸せです。いずれその時期が来たら、助力をお願いするかもしれません」
「『いずれ』と言うからには、まだ当分先の話なのだな」
心配しつつも、ちょっとほっとするおじいちゃま。
「ええ、私は当主として多忙の身ですし、ミノンとパティはまだ若く、CMタレントとして契約に縛られてもいますから」
「契約?」
「CMのイメージを損なう様な行動をした場合、違約金を支払わねばならないのです。犯罪は言うまでもありませんが、問題発言、結婚、恋愛なども基本的に御法度です」
「結婚や恋愛までダメなのか。いささか人権侵害の様な気もするが」
「CMに起用されている間は、という期限付きです。もっとも、実際にはイメージダウンを恐れて、人権侵害の恐れがある案件には、企業としても高い違約金を取れはしないでしょうし、逆に大いに祝福して気前のいい所を見せ、イメージアップを狙う方が有利です」
「だろうな。もっとも、ミノンもパティも色恋の話は、まだとんと聞かないが」
「私達の目を盗んで、色々と励んでいるかもしれませんよ」
「な、何!?」
「ふふふ、冗談です」
「びっくりさせないでくれ、心臓に悪い」
「二人には、『いかなる行動も私の目を欺く術はないものと肝に銘じておきなさい』、と警告してありますし」
「それはそれで別の人権侵害ではないのか」
そう言おうとして思いとどまる賢明なクペ。代わりに、
「CMタレントというのも、一見華やかに見えるが実際は窮屈なものだな」
とつぶやくだけに留めた。
「その代わり、もし企業側が不祥事を起こした場合は、逆にこちらのイメージを損なったとして違約金を取れますよ。言わば、お互いの喉元にナイフを突き付けている様なものです」
「物騒な例えだが、莫大な金が懸っている以上、やむを得ない所もあろう」
「エーレの場合も、エーヴィヒさんと結婚するにはまずCMの仕事から足を洗う必要があるかもしれませんね。もっとも、エーヴィヒさんはそのCMの企業の御曹司ですから、違約金を取るのは自己矛盾もいい所です」
「確かに、身内で金を回しているだけだから何の意味もない」
「違約金は心配ありませんが、皆のちっちゃなアイドルエーレが電撃入籍ともなれば、大きなエーレファン達は血の涙を流して『裏切られた』と嘆き悲しむ事でしょうね」
「身勝手なファン心理だが、まあ、仕方あるまい」
「大きなファンが泣こうと喚こうと、世の中にとって大した事ではありませんが」
「ちょっとその言い方は残酷だと思うが」
「アウフヴェルツ社の売り上げが落ち込み、株価も大幅に下落する事の方が大問題です」
「エーレ一人の為に、そんなに影響が出るのか」
「ええ、あの子が背負ってしまったものはそこまで大きいのです」
「つくづく恐ろしい業界だな」
「一種の魔界の生贄ですね。そこでコルティナが裏から手を回して、アウフヴェルツ社の損害を最小に抑えつつエーレを無事結婚まで導こう、と策を練っている訳です」
「魔界からエーレを救い出す訳か」
「具体的には、別の生贄とすり替えるだけですが」
「そこだけ聞くと妙に怖いんだが」
「ふふふ、ご心配なく。要は別の本職のタレントに仕事を移譲するだけですよ」
心配性のおじいちゃまに微笑みつつ、
「いずれはミノンやパティも同様にして、無傷のまま撤退を成功させなければなりません。『天才美少女剣士ブーム』には随分稼がせてもらっていますが、いつまでもそんな不確かなものに頼るのは危険ですからね」
莫大な金の魔力に惑わされる事無く、ブームの幕引きについて思いを巡らすシェルシェ。
とても二十歳前の小娘とは思えない。




