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デーモン・コアをマイナスドライバーでいじくり回す暴挙に匹敵する、マントノン家の女当主シェルシェをその弟にして次期当主であるヴォルフの名前を出してイジり倒すという危険極まりない遊びも、そろそろ限界と判断したのか、
「正に巨大氷山に衝突しようとしているエディリア剣術界の危機的状況下において、その中心的存在である御三家が潰し合いに没頭している場合ではないと思うの、シェルシェ」
いつものふわふわな態度から一転して、キリッとした表情と口調になるコルティナ。
「ふふふ、真面目な顔をするあなたを見るのは何年ぶりでしょうね、コルティナ」
かろうじて臨界事故寸前で連鎖反応が止まるデーモン・コア、もとい怒りを鎮めるシェルシェ。
「シェルシェの考えてるエディリア剣術界救済プランには、私達御三家の連携も不可欠なんでしょー? それと、もちろんアウフヴェルツ社の協力もー」
事故を免れたと見るや、再びふわふわと通常運転に戻るコルティナ。
「アウフヴェルツ社だけでなく、出来れば化学、機械、電子等の分野で最先端技術に取り組んでいる企業の協力も欲しい所ですね。剣術の試合の勝敗の判定の機械化には、現在の技術ではまだまだ不十分ですから」
「じゃあ、エーレに続いて私達もその手のメーカーの御曹司と政略結婚しようかー。とりあえず、シェルシェが化学で、ミノンが機械で、パティが電子で、私が造船」
「ふふふ、『氷山にぶつかっても壊れない豪華客船』でも作るつもりですか?」
「強そうだねー。『ゾウが踏んでも壊れない筆箱』みたいでー」
「実際、その筆箱の素材は武芸の防具にも使われていますね。素材とは即ち化学製品です。これはほんの一例ですが、これからの剣術を進歩発展させて行く為には、そういった他分野の知識も必要不可欠となる事でしょう」
「使い方によっては、思わぬ素材が思わぬ効果をもたらす事もあるよねー。カニの甲羅から繊維やフィルムや医薬品が出来る様にー」
「そんな風に思いもよらぬ形で、現在直面している困難を未来の科学技術に解決して欲しいものです」
「まー、流石のシェルシェも、今後の科学技術の進歩の度合いを正確に予想する事は出来ないだろうけどー。こればっかりは気長に構えるしかないかなー」
「そうですね。他にもやらなくてはいけない事が山程ありますし」
「とりあえず当面の問題としては、エーレとエーヴィヒさんの結婚を応援する事かなー」
「ええ、愛し合う男女の仲を取り持つのは非常に喜ばしい事です。あの二人の為に全力で応援しましょう」
「話の流れ的には、『あの二人の為』でなく『シェルシェの考えてるエディリア剣術界救済プランの為』みたいになってるけどねー」
「ふふふ、私がそんな鬼に見えますか、コルティナ?」
「その質問は卑怯だよー、シェルシェ。そんな風に聞かれたらー」
「『見えない』、と答えるしかありませんものね」
「『見える!』、って叫んで、脱兎のごとく逃げるしかないものー」
しばしの沈黙の後、屈託なく笑い合う二人。
ヴォルフ以外の事でシェルシェをおちょくってもさほど怒られない、と知ってのコルティナの所業である。
「でも、これだけは言わせてください、コルティナ。いかに私が鬼でも、こちらの都合で愛のない男女を無理やりくっつける様な非道な真似はしませんよ」
「そーだねー。愛のない男女を無理やりくっつけてもすぐ破局するから、鬼のプランには都合が悪いもんねー」
そこでもう一度笑い合う二人だった。




