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バシャバシャと水面を叩き、溺れまいと必死にもがく甲冑を、男子学生と女子学生の二人は、桟橋の上から容赦なくオールでつんつん突っつき続ける。傍目には笑えるが、地味に残酷なシーンだ。
やがて、甲冑は我が身の重さに耐えかねて、湖の底に沈んで行く。
「やった!」
「やったわ!」
それを満足そうに見届けた二人は桟橋の上でぎゅっと抱き合い、幸せなキスをして終了。
二人がイチャつきながらその場を去ると、誰もいなくなった桟橋と湖を映したまま、悲哀を帯びた物寂しげな曲が流れ、画面下方からエンドクレジットがせり上がって来る。
一時間半以上ずっと、ハラハラドキドキビクビクし通しだったエーレも、ここでようやくほっと一息つく事が出来た。
「うふふ、まだ、安心するのは早いよー。こういう映画は、エンドクレジットが流れた後に、何か起こる事が多いから」
コルティナにそう言われ、この上何が起こるのか、と不安な面持ちで身構え、画面に集中するエーレ。
と、エンドクレジットに見覚えのある名前が現れた。
『甲冑 ムート・レングストン』
それは紛れもなく、レングストン家の現当主にしてエーレの実の父親の名前である。
「レングストン家の当主が、こんなモンに出るなあっ! しかも、よりによって『甲冑』って!」
思わず取り乱し、絶叫してしまうエーレ。
意外な事実に、コルティナが笑いながら、
「これ古い映画だから、まだ当主じゃなくて、次期当主の頃だと思うよー」
「どっちでもええわ!」
訂正するものの、それを一喝するエーレ。
やがてエンドクレジットが終わると、突然、ザバァ、という水音と共に、湖の水面から甲冑の籠手が上に突き出て、桟橋の端をガシっと掴んだ。
続いて甲冑の頭部が姿を現し、こちらを向いた瞬間、大アップになって画面が停止。ここで、今度こそ本当の終了である。
ホラー映画によくあるベタなエンディングであったが、エーレはスクリーンに映っている若き日の父親に向かって小クッションを投げ付け、
「こっち見んな! それと、もうちょっと仕事選べ、お父様!」
やり場のない怒りに我を忘れていた。




