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全国格闘大会推進委員会(仮)が、統一ルール制定に向けて今まで以上に大きく動き出した事を受けて、
「この動きを加速させると同時に、メンバーの皆さんの道場経営の活性化も図りましょう」
委員会(仮)の影の支配者シェルシェはさらなる陰謀、もとい支援策を打ち出した。
「おい、シェルシェさんが、俺達の道場の備品を何でも好きなだけ買ってくれるそうだぜ!」
メンバーが持ち回りで開いている委員会(仮)の定例会議の席で、その日の議長が興奮気味に報告する。
「マジか!」
メンバーの一人がいい大人にしては素っ頓狂な声を上げた。
「マジだ。『統一ルール制定に当たって必要と思われる物があれば、その品名と数量と具体的な理由を書いて、書面でこちらまで提出してください』って話だ」
「そりゃ、ありがたい話だが、合同稽古で使う物限定か」
「何でも好きなだけって訳にゃいかないだろ。余分な物を水増し請求したら流石に怒られるぜ」
「合同稽古で使うべき物を、俺達の道場の普段の稽古に使ったら、私的流用もいいとこじゃねえか」
「いや、俺もそう思ったんだが、シェルシェさんの言うには、『合同稽古で使う物を、普段の稽古で使って悪い事は何もありません。むしろ、普段の稽古でその使い心地を試す事は、『統一ルール制定』の目的にも反しないって事らしい、つまり――」
例えばグローブ一つをとってみても、「いくつかのグローブから、統一ルールでの試合に使えそうな物を選ぶ」という名目の下、各道場に十セットずつ様々な種類の物を支給し、普段の稽古で長期に亘って使用してもらい、それぞれの長所短所を比較検討する事は全く問題ない、という趣旨を説明する議長。
「まあ、確かにそうだが。それだと適当に理屈をつければやりたい放題じゃねえか」
「正にその、やりたい放題をやってくれ、って言ってくれてるんだよ。『これを機に、各道場の備品をリニューアルする事をお勧めします。一般の人達にとって、道場の備品がきれいかどうかは、入門するかどうかを決めるに当たって割と大きな要素ですから』ってな」
「確かにそうだ。小汚え道場に誰が好き好んで入門するもんか」
「耳が痛え事言うなよ。ま、でも、建物が古くて汚いのはしょうがないとして、そこで使ってる物がピカピカの新品なら、かなり見栄えがするからな」
「年季が入ってる備品は、それはそれで使い勝手がいいんだが。もっとも俺達の場合、やむにやまれず無駄に年季が入りまくってるだけだから」
自虐的になりつつも、突然降って湧いた景気のいい話に心躍らせるメンバー達。
「それじゃ試しに、グローブ辺りから申請してみるか。様子を見て、他の物も追々頼むって事で」
そんな提案が満場一致で迎え入れられ、作成された申請書が後日マントノン家に届き、
「ふふふ、皆さん欲がありませんね。まだ半信半疑なのかもしれませんが」
それを書斎で祖父クペに見せ、満足げに微笑むシェルシェ。
「うむ。今はまだ恐る恐るお伺いを立てている段階かもしれんが、その内もっと高価な物を要求して来るかもしれんぞ」
そう言って、孫娘の顔色を窺うクペ。
「それらはぜひ政府の補助金で賄いたいものですね。エディリアの青少年を健全に育成するスポーツの振興計画の一環として」
微笑みに不穏な妖しさが加わるシェルシェ。
今回の支援策はパトロンとして至極真っ当な行いなのだが、この恐るべき孫娘の口から聞かされると、まるで発展途上国の反政府組織に軍需物資を供給して革命を起こし、自分に都合のいい政権を樹立させようと企む死の商人の様な印象を持ってしまうおじいちゃまだった。




