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「ついに、高校生最後の大会も終わっちゃったねー」
嫌がる子犬を無理やり抱っこしようとする感じに、じたばたするエーレをぎゅっとハグしようとするコルティナが、その迷惑な行為とは裏腹なしみじみとした口調で言う。
「ええ、あなたも私も、学生だけの大会に出られるのは今日が最後よ。それはそうと、変な所触らないで!」
コルティナの迷惑行為から逃れようともがきつつ答える、ちっちゃいエーレ。
「一般の部に上がると、支部長とか、警察や軍でバリバリ指導してる人とか、流派を代表する名の知れたベテラン剣士とかがいるからねー。世間が注目する公式大会での他流試合ともなると、勝敗の一つ一つに大人の事情が絡んで来て、ちょっと厄介かもー」
「確かに今までは、誰が勝とうと負けようと『学生だから』で済まされて来た所があるけど、今後は色々面倒くさい事になるでしょうね。だから、頭をなでるなあ!」
「だから、私達が純粋に他流派との試合を楽しめるのは、おそらく今日が最後だよー」
「……そうね」
もがくのをやめて、ちょっと寂しげな表情になるエーレ。
「この六年間楽しかったねー。大人の事情なんか考えず、他家の大会に大勢で乗り込んで、ただひたすら剣を振るう事が出来てー」
「ええ、私も楽しかったわ」
「正に、『躍動する青春の汗と涙と感動!』、だったよねー」
「もうそれを言うのはやめて、お願いだから」
「いいじゃなーい。これからの、『見え隠れする大人の事情とカネ!』、に比べれば爽やかだよー」
「何そのドス黒いキャッチフレーズ」
「もっとも、今この瞬間も、私達の周りで巨額のカネが動いている事は否めないけどねー」
「それは仕方ないわ。大会の興行収入は私達の家業にとってバカにならないもの」
「興行収入の他にも、今日エーレが優勝した事で、技術協力をしたアウフヴェルツ社の株価は爆上げ確実だろうしー」
「ありそうな話ね」
「あーあ、私もアウフヴェルツ社の株買っておけばよかったー」
「やめなさい。今日の試合を八百長呼ばわりされた挙句、不正取引で逮捕されるわよ」
「ともあれ、これでアウフヴェルツ家にとって、エーレの株もさらに爆上げだねー。アウフヴェルツ家に幸運をもたらすちっちゃい女神様としてー」
「大げさね。それと『ちっちゃい』言うな」
「予言するよー。エーレがエーヴィヒさんと結婚する日が、これでますます近くなったとー」
「予言というより呪いにしか聞こえないんだけど」
「エーレだって、心の底ではそれを望んでるんでしょー?」
「人の願望を勝手に捏造しないで!」
「今日この決勝で敗北してつくづく実感したよー。エーレのエーヴィヒさんに対する並々ならぬ愛をねー」
「どんな幻覚症状よ!」
「その並々ならぬ愛があればこそ、エーレはエーヴィヒさんの開発したVR機器の性能を、他の誰よりも十二分に活用する事が出来たんだよー。はい、証明終わりー」
「何の証明にもなってないし!」
「昔から言うでしょ、『愛は魔法より強い』ってー。この『八代目ふわふわ魔女』を倒したのは、二人の愛の力だよー」
「元々、そんな魔女はどこにもいない!」
「思い切って優勝インタビューで、エーヴィヒさんにプロポーズするのはどうかなー?」
「あなたに勝って優勝した感動が台無しよ!」
「エーレに負けて優勝インタビューの機会を逃した私に代わって、会場をドッカンドッカン盛り上げてねー」
「知るかあっ!」
青春時代の一つの区切りである試合を戦い終えたばかりの二人が、こんなしょうもない言い合いをしていた事は誰も知る由がなかった。
やりとりの一部始終を観客席から録画し、アウフヴェルツ社の最新画像解析技術を駆使して、二人の会話をほぼ完璧に読み取ったエーヴィヒは別だが。




