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おそらく手の内を全て分析し終えているであろうコルティナに対し、小細工を弄せず今までと同じ様に剣を上段に構えるミノンの堂々たる姿は、王道を行く巨大怪獣そのものだった。王道を行く巨大怪獣とは、何も考えずに「そこに街があるから」という理由で街を壊す脳筋タイプの怪獣の事である。王道を行く巨大怪獣はその単純な性格ゆえに、よく人間側が仕掛けた罠に引っ掛かる事が多い。
そんな巨大怪獣を前に「八代目ふわふわ魔女」ことコルティナは、いつも通りにふわふわと剣を中段に構えており、「八代目」を襲名してもそのスタイルは今までと変わる事がない。箔のあるビッグネームを諸事情で受け継いだ所でその芸風がガラリと変わる訳でもないハナシカの様に。
ミノンは剣を振り上げたまま、しばらく立ち尽くしていたが、やがて覚悟を決めたのか、咆哮の如き気合いの声を上げて突撃を敢行し、片手打ちで遠い間合いから剣を勢い良く振り下ろし、コルティナの頭部を狙う。
コルティナはこの一撃をふわっと受け流すと同時に、突進して来たミノンの横にふわっと回り込んで、相手が体勢を立て直した瞬間、狙い澄ました様にその頭部をふわっと打った。
これが一本と認められ、観客席からはさらなる歓声と拍手が巻き起こり、あちこちで応援旗に描かれた様々な魔女達が右へ左へと宙を舞う。
「やはり、ミノンの攻撃のリズムは完全に読まれてます」
「と言うか、楽譜を丸ごと読まれてる感じです」
周囲が大いに盛り上がる中、早々とミノンの敗退を確信してややブルーになるシェルシェとパティ。
が、「巨大怪獣」と「八代目」が初期位置に戻って試合が再開されるや、この二人は驚き、思わず顔を見合わせた。
ミノンが剣を上段ではなく、中段に構えたのである。
「実際にコルティナと打ち合ってみて、このままでは敵わない、とようやく気付いた様ですね」
「頭でなく体で理解するタイプですから」
ブルーな雰囲気から一転し、かすかな期待に目を輝かせて身を乗り出すシェルシェとパティ。
一方、ミノンが構えを変えた事に観客達は、
「流石の巨大怪獣も、ここに来て慎重になったか」
「完全にタイミングを読まれてたもんな。力こそパワーな一撃必殺スタイルより、攻防のバランスがいいスタイルの方が有利と考え直したんだろ」
「だが、急に方針を変えて大丈夫か? 何しろ相手が相手だぜ」
これはこれで面白そうだ、と盛り上がった後、いつもと違う「巨大怪獣」の様子に気付く。
「何か雰囲気が怖いんだが。いつもの豪快なミノンじゃない」
「子供向け怪獣映画から、大人向け怪獣映画になった感じだ。着ぐるみ怪獣がどったんばったん大騒ぎするやつじゃなく、リアルな造形の怪獣に襲われてバンバン人がむごたらしく死んで行く系の」
「そう言や、中学生の部の決勝戦、最後の最後でパティもこんな風に殺伐としてたっけ」
殺気を漂わせながらコルティナとの間合いをミノンが少しずつ詰めて行くに従って、異様な緊張感が徐々に場を支配し、熱狂は静けさに取って代わる。
剣先と剣先が触れ合う位に近付くと、ミノンはそこで前進をやめて、コルティナと対峙したまま動かなくなった。
それから睨み合う事十数秒。観客達にとってはその十倍以上にも長く感じられる静かな時間が続く。
と、ミノンが姿勢を低くすると同時に回転して、コルティナの右胴を斬り裂く様に打ち据え、コルティナもほぼ同時にミノンの頭部へ打ち込むが、一拍タイミングが遅れてしまう。
これが一本と認められると、観客達もようやく我に返り、会場は元の喧騒を取り戻した。
「ふふふ。あなたに続いて、ミノンも私のスタイルを拝借した様ですね」
上機嫌で拍手を送りながら、シェルシェが言う。
「見事でした。私の無念も晴れるというものです」
シェルシェのスタイルをコピーして敗北したパティも、笑顔で拍手を送る。
「ですが、ここまでです。一度使った手が二度と通用する相手ではありません」
「はい、もうミノンお姉様には打つ手が残っていません」
ひとしきり拍手した後で、また何かを諦めた様な表情になるシェルシェとパティ。
二人が予言した通り、少ない残り時間の中、上段に構えを戻したミノンがコルティナを迎え撃たんとするも、コルティナはふわっと前に出て、剣を振り上げたままのミノンの喉元にあっさり突きを入れて試合終了。
全てを読まれた「巨大怪獣」は、こうしてあっけない最期を迎えた。
「私の戦闘スタイルを使わずに負けたのは、あの子なりの気遣いだったのでしょう」
特に怒りも悲しみもなく、嵐が過ぎ去った後の穏やかな青空の如き表情になるシェルシェ。
「戦闘スタイルは戦闘スタイル、シェルシェお姉様はシェルシェお姉様です」
うかつな事を言って姉の怒りに触れぬ様に言葉を選ぶパティ。




