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「頑張って、ティーフ。相手はすごく強くてふわふわで厄介だけれど、同じ人間よ」
激励と共に送り出すエーレに、
「ああ。VRで何度も戦って研究した成果を、実物に思いっきりぶつけて来る」
装着した防護マスク越しのいい笑顔で答えて、試合場へと向かうティーフ。対戦相手は今大会最有力優勝候補のコルティナである。
しかし、試合場に向かう途中、
「とは言ったものの、あの人が同じ人間とは思えん。正直勝てる気がしない」
後ろ向きな弱音が、つい口を突くティーフ。ふと見上げれば、観客席はコルティナの試合とあって大いに盛り上がり、ララメンテ家の応援団の「八代目ふわふわ魔女」を筆頭に、様々な魔女のイラストが描かれた応援旗があちこちで蠢いて、もとい威勢よく振られている。
「魔女、か。まったくもって魔女だな。もう、私みたいな普通の人間の手が届かない遥か上空を、あの人は魔法の箒に乗ってふわふわと飛んでる様なものだから」
魔女の応援旗に影響されたのか、ティーフの弱音が段々メルヘンチックになって来た。
「コルティナさんだけじゃない。エーレもミノンも、剣を交える事はないがパティも、今はもう遥か空の上の住人だ」
弱音の中で今をときめく美少女剣士達を、まるで死亡したキャラの様にまとめて空へ飛ばしてしまうティーフ。
「だが、負けるにせよ、最後の相手があの『ホームのコルティナ』なら悔いはない。むしろ最高の思い出だ」
ティーフは既に、「来年から全国大会に参加しない」、という意志をエーレや他の仲間に伝えていた。ティーフだけでなく、他の高校三年生の選手達の中にも、「公式大会参加は今年限り」と決めている者は多い。進学や就職などの事情もあって、自然とそうなってしまうのである。
だが試合場の中央までやって来たティーフの表情には、もはや一点の曇りもない。名誉の戦死を覚悟したサムライの様に。
片や、いつも通りのふわふわとした足取りで試合場にやって来る「八代目ふわふわ魔女」ことコルティナ。防護マスク越しに見えるいつものふわふわな笑顔は、これから一席お笑いを申し上げようとするハナシカの様。
結局、ティーフはこのふわふわ魔女に勝つ事は出来なかった。序盤、乱打戦に持ち込み、コルティナの右手を打ち据えて一本を先制し、観客達から大きな喝采を浴びたものの、それが却って勝利への焦りを生み、その隙を突かれる形で、頭部、右胴へと立て続けに二本取られて試合終了となる。
「最初の一本はお見事でしたー。来るのが分かってても、どうにも防ぎようがなかったですよー」
試合後、抱き合って健闘を称えるコルティナに対し、
「ありがとうございます。最後にララメンテ家の大会で、コルティナさんと戦えて……本当に、よか……」
感極まり、溢れる涙と嗚咽で声を詰まらせるティーフ。
大きな図体をしてはいるが、涙もろいのは小学生の時からずっと変わってなかった。




