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正義のロボに成敗された悪い魔女、もといエーレに準決勝で敗れたコルティナは、試合終了後、試合場の中央で互いの健闘を称え合うと周囲に見せかけつつエーレに抱きつき、
「エーレマークⅡよ、私はお前に敗れたのではない。お前とエーヴィヒとの間にある強固な愛の絆の力に敗れたのだー」
消滅前のラスボスの最期のセリフ的なノリで、このちっちゃな女の子をおちょくって遊んでいた。
「つまり、あなたは自分の中で作り上げた実体のない幻に敗れたのね」
が、エーレは冷静にこれを切り返し、「そんな戯言で逆上する程お子様じゃないのよ」とアピール。
「エーレは、愛しのエーヴィヒさんに作ってもらった私の幻を相手に特訓してたんでしょー?」
「愛しくないけどその通りよ。あなたのVRモデルを何度叩き斬った事かしら」
「一方で、エーヴィヒさんはエーレのVRモデルを何度可愛がったのかなー?」
「そんなアホな事してる暇なかったわよ。毎日VRモデルの精度を少しでも上げようと、他のスタッフの人達と必死になって作業してたから」
「そこまで尽くしてくれるって事は、やっぱり愛の絆の力だねー」
「愛とか関係なく、ある意味アウフヴェルツの威信を懸けたプロジェクトだし、必死になるのも当然だと思うけど。もちろん、レングストン家としては大いに感謝してるわ。こうして、あなたという強敵を破る事が出来た訳だし」
「じゃあ、レングストン家としては、アウフヴェルツ家に感謝のしるしを差し出さないとー」
「もう私が人身御供になって、次のCMに出演する事が決まってるわ」
「今度は未来のダンナ様にエーレがご奉仕する番だねー」
「だから、自分の中で実体のない幻を作らないで」
「でもねー、エーレマークⅡ」
「誰がマークⅡだ」
「実際問題として、ここまでアウフヴェルツ家がレングストン家に貢献している現状を見るにー、エーレがエーヴィヒさんの所に嫁ぐのは、ほぼ決定事項だと思うんだけどー? 政略結婚的な意味でー」
「それとこれとは話が別よ。そこまでして両家の結びつきを強めなければいけない差し迫った事情もないわ」
「そーかなー。例えばー、アウフヴェルツ社がここまで培ったVR技術と共に、レングストン家からマントノン家に鞍替えしたら困るでしょー?」
「そんな事をしたら、アウフヴェルツは恩知らずの恥知らずと世間から咎められてイメージダウンするから、やらないわよ。万が一鞍替えしたとしても、レングストン家はアウフヴェルツ抜きでやっていくだけだし」
「でも、もしエーレがエーヴィヒさんのお嫁さんになったら、アウフヴェルツはレングストン家を裏切れなくなるからねー。これは政略結婚待ったなしー」
「いっそあなたがエーヴィヒに嫁いでアウフヴェルツと連合を組んだら? ララメンテ家がVR環境を獲得出来るわよ」
「そんな事出来ないよー。エーレに一生恨まれるー」
「恨まないわ。むしろ感謝したいくらい」
「もう時間もないし、最後に一つ忠告しておくよー、エーレマークⅡ」
「マークⅡは余計」
「ツンデーレもいいけどー、自分の気持ちに素直になれないと、幸せになれないよー」
「ツンデーレ言うな。で、忠告はそれだけ? 私としてはもっと剣術の話を」
「さらばだ、エーレマークⅡ、また会おー」
そう言うとコルティナは、エーレの頭をわしゃわしゃとなでてから、ふわふわとその場を立ち去った。
エーレも軽くため息をつき、
「時々、あなたのマイペースぶりがうらやましくなるわ、コルティナ」
と言って、試合場の外に出た。
言いたい事を我慢している人は、言いたい放題な人がうらやましいものである。
言いたい放題な人になりたいとは思わないが。何か人として大切なものを失いそうで。




