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「データ分析と最新VRの事ばかりが注目されて、レングストン家の選手はちょっと気の毒だなあ」
夜も更けた頃、マントノン家の屋敷の敷地内にある稽古場で、防護マスクだけ外した防具姿でどっかとあぐらをかいて座るミノンが、しみじみとした口調でそう言った。
「ええ、指導方針や機材は重要ですが、それを信じて厳しい稽古に励んだ選手達の努力あってこその勝利です。こればかりは実際に剣を交えてみないと実感出来ません」
同じく防護マスクだけ外した防具姿でミノンの前に正座しているパティが、姉の意見に賛同し、今日、自分が苦戦を強いられ二冠を阻止された当の相手方を素直に称賛する。
その剣士として至極まともな言葉からは、大会終了後にエーレに痴漢行為を働いたカドでついさっきまで真っ暗な地下室に閉じ込められて反省させられていた変態とは思えない。
「どうしても、皆、分かり易いモノに目が行きがちだから、仕方ないと言えば仕方ない。まあ、それはそれとして、今日の中学生の部の試合を見る限り、高校生の部も油断は出来ないな」
「それは間違いありません。先の大会と今日の大会とでは、例えるなら小雨と暴風雨位の脅威の差がありました」
「小雨と暴風雨?」
そう言って目を閉じ、しばし考えに耽るミノン。剣術と関係なく、実際に小雨と暴風雨の中にいる自分をそれぞれ頭に思い浮かべて比較しているに違いない。
「ふふ、気を付けてください。天気予報のリポーターみたいに風で吹き倒されますよ」
そんな姉を茶化すパティ。
「小雨は言い過ぎじゃないか? そりゃ確かに、この前のレングストン家の選手達は、妙に一本調子の戦法で自爆気味だった感はあるが、決して楽な相手でもなかった」
荒れ狂う暴風雨の妄想から現実に戻り、生真面目に反論するミノン。
「次に実際に戦ってみれば、なぜ小雨と言ったのか納得すると思います。この短期間で、とてもやりにくい相手へと成長を遂げていますから」
「あれが小雨に思える程の、暴風雨に成長していると?」
「VRモデルで上下左右遠近自在、好きな位置から好きなだけこちらの動作を観察して得た成果でしょうね。傘を差せない状態で、顔に吹き付けて来る暴風雨並に厄介ですよ」
パティにそう言われて、目が開かない位大量の雨粒に絶え間なく顔を叩かれている自分を想像したらしく、顔をしかめるミノン。
そんな分かり易い姉を見て、くすり、と笑いつつ、
「では稽古を始めましょう、お姉様。敵は基本的には先の大会と同じ戦法で来るでしょうが、タイミングがより正確になっているはずです」
パティは防護マスクを着けて、傍らに置いてあった剣を取り、
「ならば、こちらはリズムを崩し、タイミングが合わない様にするのが得策と考えます」
優雅な物腰で、スッ、と立ち上がった。
その姿は、ついさっきまで真っ暗な地下室に閉じ込められて反省させられていた変態とは思えない。
だが、一見立派に見える紳士淑女が、裏でとんでもない変態だったりする。




