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その年のマントノン家の全国剣術大会も無事終了し、エディリアの人々の関心は次のレングストン家の大会へと移行したが、
「マントノン家はパティとミノンが優勝して一応面目を保てたから、残り二大会はかなり気が楽になったんじゃねえか」
「その分、次のレングストン家の大会でエーレのプレッシャーは半端ないだろうよ。今年優勝を逃すと、もう来年から高校生の部はミノンに対抗出来る戦力が残ってないし」
「コルティナは……まあいつも通りか。自分の所の大会で勝てばいい的な」
その関心は相変わらず、テレビCMでお馴染みの「天才美少女剣士」パティ、ミノン、エーレ、コルティナの四人に集中しており、その他の選手達はほとんど眼中にない有様であった。
しかし、世間の眼中になくとも、その他大勢の選手達とて、これらの強豪に勝つ事を諦めてしまった訳ではない。
特に自家の防衛戦となるレングストン家の選手達の戦意は高く、アウフヴェルツ社の全面協力の下、同社の最新VR環境を利用した秘密特訓に熱心に励んでいた。
「いかがです、エーレさん? 昨年度版のモデルは残念ながらほぼ使いものになりませんでしたが、先の大会のデータをフィードバックさせたこの最新版モデルなら、皆さんのお役に立てられると思いますか?」
VR環境を操作する忙しい作業の合間に、エーヴィヒがエーレに尋ねる。
「あの三人の動きをよく再現出来てると思います。でも、これを役立てられるかどうかは、選手の頑張り次第でしょうね」
いつもの様に少しよそよそしく、もしくは大人ぶった口調でエーヴィヒと距離を取ろうと努めるエーレ。しかし、その表情は、
「いいじゃない、これ! これさえあれば、あの三人に勝てるわ!」
エーヴィヒの仕事に対し惜しみない讃辞を贈っているのがバレバレだった。素直になれないお年頃。
「エーレさんの最新版モデルも一応作ってありますが、微調整する時間がなかったのでここでは出しません」
「結構です。当面の敵はあの三人なのですから」
「ちなみにエーレさんの試合中の動きだけでなく、休憩中の動きも再現出来る様にしてあります」
「だから、余計な事はしなくて結構です! 大体、休憩中の動きは試合に関係ありません!」
「時間があれば、もっとエーレさんの日常生活の一コマをVRで再現してみたい所なのですが」
「肖像権の侵害です! そういうのは別のモデルでやってください!」
「はは、すみません。やはり、どんなにVRで完璧に再現出来ても、本物のエーレさんの魅力には及びませんよね」
「私で遊ぶなっ!」
エーレが声を荒げ、エーヴィヒがそれを笑顔で受け止める様子を遠くから見ていた選手達は、
「奥さんのワガママを笑顔で聞いてくれる旦那様かぁ、いいなあ」
思春期特有の恋愛妄想を発動させていた。
実際は旦那の奇行に振り回される奥さんの方が近いのだが。




