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悪の組織の大首領からの秘密指令、もといマントノン家当主シェルシェからの「御協力のお願い」のメールが、悪の組織の戦闘員もとい、「全国格闘大会推進委員会(仮)」のメンバー達に届き、
「要は、マントノン家の全国剣術大会の警備員のバイトをやらないか、って話だな。かなりバイト料を弾んでくれるみたいだぜ」
「確かに警備員なら武芸の心得があった方がいいかもな。実際の仕事は客の誘導とか地味なものが多いと思うが」
「マントノン家に借金がある奴に対する救済措置じゃねえのか。収入はそのまま借金から差っ引く形で」
「いや、バイト料は現金支給で、月々の決められた返済額に加算する義務はないらしいぞ。普通に人手不足なんじゃないのか」
その翌日に開かれた定例会議では、自然とこの話題で持ちきりになった。
臨時収入が得られるとあって、皆それなりに乗り気であったが、
「だが給料が高い分、仕事がキツいって可能性もある。この中で、誰かマントノン家の全国大会を観に行った事のある奴はいるか?」
メンバーの一人が素朴な疑問を口にした結果、日頃マントノン家に何かと世話になっている身でありながら、ほとんど誰も直接大会会場に足を運んだ事はない、という不人情な事実が判明してしまう。
「仕方ねえだろ。超人気イベントで、中々チケットが取れねえんだし」
「転売屋から買うと滅茶苦茶高いし」
「直接会場に行かなくても、テレビでダイジェスト版を観れるし」
シェルシェが援助してくれるまで経営状況が苦しかったメンバー達は、やや申し訳なさそうな顔になって言い訳を並べ立て始めた。
「まあ、普段俺達が受けている恩を考えれば、むしろキツくてもやるべきじゃないか?」
その日の会議場を提供している道場主が提案すると同時に、携帯の着信音が鳴る。
「噂をすれば影、シェルシェさんからだ」
携帯の表示画面を確認し、急いで会議場の外に出て通話を始める道場主。
しばらくして戻って来ると、
「今回のバイト募集についての補足説明だった。人手は十分確保出来るから、変に気を遣って無理して応募しなくていい、ってさ。ただ、将来俺達が格闘全国大会を開催する時の為に、実際の大会運営の雰囲気を知っておくいい機会になるんじゃないか、って配慮してくれたらしいぜ」
シェルシェからの電話の内容を皆に簡潔に伝えた。
「また、まるで俺達の言動を見透かしたみたいに、絶妙なタイミングで電話して来たなあ」
「言っちゃなんだが、ここまで来ると、もう物の怪に近い感じがする」
「『物の怪姫』か、言い得て妙だ」
そんなシェルシェの気配りを茶化す様な事を言って、笑い合うメンバー達。
が、その時、再び同じ携帯の着信音が鳴り、
「……またシェルシェさんからだ」
表示画面を確認した道場主が皆に告げると、その場は水を打った様に静まり返り、
「バイトに応募してくれた人には、レングストン家の全国大会のチケットをくれるそうだ。マントノン家の大会は観れなくなるからって……」
通話を終え、青ざめて戻って来た道場主がそう言うに及んで、
「ホラーだな、ここまで来ると」
本物の物の怪を見てしまったかの様な恐怖に包まれるメンバー達だった。