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中々戻って来ない二人の学生を心配する大学教授に、没落貴族は取り澄ました口調で、
「まあ、落ち着いて下さい。一つ面白い物をご覧に入れましょう」
と言って立ち上がり、部屋の隅にぶら下がっている呼び鈴の紐を、クイッ、クイッ、と引っ張った。いかにも古い屋敷っぽい。
それに応じて、年配の召使いが、マジックショーでよく使われる様な、上から下まですっぽり黒い布で覆われたワゴンを押して、応接室までやって来る。
「それより、君。この屋敷の中で、私の学生が迷子になってしまったらしいんだ。すまないが、探し出してここへ連れて来てもらえないだろうか」
大学教授がそう懇願すると、この召使いは薄気味悪い笑みを浮かべ、
「それは、このお二人の事でございますか?」
ゆっくり布を取り去ると、なるほど、ワゴンの上には、迷子になった学生の胴体から切断されたばかりの、新鮮な生首が二つ並んで載っている。
それを見た女子学生二人が鋭い悲鳴を上げ、観客のエーレも、
「ひぃぃいいっ!」
と、のけ反って、そのちっちゃな体が少しソファーに埋もれてしまう。可愛い。
「何てむごい事を! お前がやったのか!」
大学教授が指差して怒鳴ると、ドアが開いたままの応接室の入口を背にして立っている年配の召使いは、くっく、と笑い、
「私ではありません。これをやったのは――」
と言いかけたが、最後まで言えなかったのは、そこで自分の首がポロっと落ち、ワゴンの上に見事に着地したからである。新鮮な生首一丁追加。
また女子学生コンビの悲鳴が上がり、のけ反ったエーレがソファに埋もれる。
召使いの首なし死体が倒れると、入口から例の甲冑がぬっと姿を現した。
一体どうやってこの甲冑は、その狭い入口を隔てて廊下側から、部屋の中にいる召使いの首を、こんなに見事に斬り落とせたのだろう。どう考えても水平に振るう剣が、入口のどこかにつっかえそうなものだが。
そんな素朴な疑問はさておき、銀色に輝く甲冑は血ぬられた剣を片手に、ゆっくりと没落貴族の方へ歩いて来る。
没落貴族は、狂気じみた笑い声を上げ、両手を前に差し出す様にして甲冑を迎え、
「ふははははは! 呪われた剣士の亡霊の伝説が、今ここによみがえったのだ! さあ、見せてもらおうか! その恐るべき力を!」
と、言った次の瞬間、スパーン、と剣で首を刎ね飛ばされてしまった。
それを見た大学教授の、
「一体何がしたかったんだ、この男は」
ポツリと漏らした呟きが、ツボにハマったらしく、青くなって怯えているエーレの横で見ていたコルティナは、
「あははは、それはこっちのセリフだよー!」
腹を抱えて大笑いしていた。




