◆397◆
「六年後の話はこの位にして、次の全国大会について考えましょうか。高校生の部は三年振りに三家令嬢揃い踏みとなりますね」
機嫌を損ねたエーレを宥めようとして、話題を変えるエーヴィヒ。
「そうですね。ミノンもこの三年で、その体格同様、剣についても格段に成長しているに違いありません」
ようやく純粋な剣術の話題になり、おやつのビーフジャーキーを差し出された犬の様に目を輝かせ、一瞬で機嫌を直すエーレ。
「もちろんエーレさんもその三年間で成長されている訳ですが、いえ、その、剣術に関してです」
「変に気を遣わないでください。余計気になりますから」
故意か天然か、体格がほとんど変わっていない事を暗に強調する言い方になってしまったエーヴィヒに対し、少し口元を引きつらせながらも、さらっと流そうと努力するエーレ。
「まだ高一ですが、間違いなくマントノン家側の最強選手と言っていいでしょう」
「特に最新データが揃っていない最初のマントノン家の大会では、ホームの有利と相まって、非常に手強い相手になる事は確実です」
「となると、ミノンさんへの対策が最重要課題ですね。去年のミノンさんの動画データは既に編集してお渡ししてありますが、アウフヴェルツの最新技術を駆使した例のデータも一応完成しています」
「ヴァーチャル・リアリティーのデータですか?」
「はい、とりあえず、開発中のものをこちらにお持ちしました。サンプルとしての録画データなので、視点と立ち位置は私が被験者になった時のものですが、臨場感は十二分に味わえると思います。ご覧になりますか?」
「ぜひ!」
その後、エーヴィヒが用意したVR用のヘッドセットをエーレが装着すると、
「では再生します」
という合図と共に、剣術の稽古場の映像が眼前に広がった。
「これはすごいですね。去年見せて頂いた立体映像とは質感が全然違います」
「実際のVR環境では、エーレさんが自由に視点と立ち位置を変えられます。今度、アウフヴェルツ社にお越し頂いた時に、それをお確かめください」
「ご協力感謝します……ああ、ここで周囲を見回しているのは、エーヴィヒさんの動きですね?」
「そうです。今は稽古場の真ん中に立って辺りを見回している、という想定です」
「ミノンの姿がどこにも見えませんが?」
「ミノンさんの前に、お試し用としていくつか他のモデルを用意しましたので、そちらもお楽しみください」
「色々なタイプの剣士が出て来るのですね。楽しみです」
エーレがわくわくしながら待っていると、背後から、バタンッ、と扉が開く音がした。もちろんヘッドセットから聞こえる音声である。
それに呼応して振り向く様に、視界が水平に百八十度回転すると、そこには、ゆっくりとこちらに向かってくる十数体の凶暴な顔をした血まみれのゾンビの群れが!
「ぎゃあああああああっ!!」
恥も外聞もなく応接間のソファーの背もたれにのけぞりながら、悲鳴を上げるエーレ。
「最高の臨場感でしょう? 剣術のシミュレーションだけでなく、この様にアクションゲーム製作も視野に入れてVR開発に取り組んでおりまして」
その言葉が終わらない内に、エーレはヘッドセットを自分の首ごと引っこ抜かんばかりの勢いで頭から外すと、少し涙目になってエーヴィヒをキッと睨みつけ、
「わざとやったな? 今、わざとやっただろ、お前!」
ついさっきまでのお澄ましモードをかなぐり捨て、騙された幼児の様に本気で怒りながら抗議の罵声を浴びせた。
「ゾンビの後は、モンスター、悪霊、空飛ぶ人食いザメ、の順で登場します」
「そいつら全員早送りして、さっさとミノンを出せっ!」
エーレが両手で握りしめているヘッドセットからは、ゾンビが集団で人の肉を貪り食らう、グチャグチャした嫌な音がずっと聞こえている。