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「そうですか。コルティナさんが、判定機器の導入には六年以上かかる、と仰ったのですね」
エーレのご機嫌伺いにレングストン家を訪れていたエーヴィヒが、そう言った後で少し考え込む様な表情になった。
「エーヴィヒさんはコルティナの分析をどう思いますか? 私には正直、技術的な細かい事はよく分かりません」
ちっちゃくて可愛い外見とは裏腹に精一杯大人びた態度をとろうとしてか、先日のCM撮影時に土壇場で裏切ったこの男に対してまだ怒りが冷めやらぬ事をアピールしようとしてか、少しよそよそしい澄まし顔で尋ねるエーレ。
「完全に判定を機械に置き換えようとするならば十年以上、場合によっては不可能かもしれない、とまで私は考えていました」
「アウフヴェルツの技術力を以てしても、ですか?」
「完全に頼るのではなく、あくまでも補助として機械を用いるのが現実的ではないかと思います。審判の判断に不服な選手へ、画像判定を要請する権利を与えるなどして」
「他国のメジャーな剣術では、かなり前から通電式の判定機器が導入されていますが」
「あれは主に『突く』事で一本を判定する剣術ですね。剣先にスイッチを付ける事で、『一定以上の力で相手を突いた』かどうかを判定する仕組みですが、これが『斬る』となると、もう通電式では力に関係なく『触れたか触れないか』だけの判定しか出来ません。実際、そのメジャーな剣術でも『斬る』が有効な形式では、その様な判定基準になっています」
「『斬る』と『触れる』では流石に違いますね。剣に何かスイッチの様なものを上手く付けられないものでしょうか」
「スイッチの場合、『突く』なら剣先に一つ付ければいいのですが、『斬る』は刃の有効部分に並べて配置しなければなりませんからね。剣の形状そのものを変えてしまいかねません。極端な話、刃の部分が凸凹になってしまったり」
「引っかかって危なそうですね。激しく打ち合えば壊れてしまいそうですし」
「剣でなく、防具の側に衝撃を感知するセンサーを付ける手もありますが、これはどうしてもスイッチの様に単純な仕掛けには出来ません。防具を覆うだけのセンサーの配置と、そこから得られる膨大な数値データの複雑な処理が必要です」
「しかも、激しい打ち合いに耐えなければならない、と」
「はい。そんな具合に基本構成の段階で問題は山積みです。ですが」
「何かいい案でも?」
「『分析魔』ことコルティナさんが六年という具体的な数値を出してくださった以上、実現の可能性は十分あり得ます。持ち帰って検討してみましょう」
清々しい笑顔になるエーヴィヒ。
「コルティナは適当な事を言ってるだけかもしれませんよ」
その笑顔に少しイラッとするエーレ。
「コルティナさんの意見はよく当たりますから。現に、先日のCMも」
「思い出させないでください!」
ついに澄まし顔を保てなくなり吠えるエーレ。
「失礼しました」
そんなエーレを可愛い小型犬を見る様な優しい目で見つめるエーヴィヒと、不審者に吠えかからんとする小型犬の様な怒った表情も可愛いエーレだった。