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恍惚とした表情の没落貴族が、観客にとっては激しくどうでもいい、甲冑にまつわる長ったらしい伝説を語り終えた頃、ようやく大学教授は自分が連れて来た学生が一人足りない事に気付く。もう、ウッカリ屋さんなんだから。
挙句、よせばいいのに、学生の一人に、
「屋敷の中で迷ったのかもしれない。ちょっと探して来てくれないか」
と、捜索を頼み、その学生も学生で軽い気持ちで引き受けて、応接室から単独で出て行ってしまう。
没落貴族は電気代をかなりケチっていると見え、廊下は照明が薄暗く、遠くの方に至っては闇になっていてよく見えない有様である。
そんな他人の屋敷の廊下を遠慮なくズカズカ歩き回った後、学生は甲冑が飾ってあった場所までやって来た。
が、そこにあったはずの甲冑は、いつの間にかなくなっている。
「変だな、場所を間違えたのか?」
独り言を呟いて、辺りを見回すと、二階へ通じる大きな階段の踊り場に、迷子になったと思しき学生が倒れているのに気付いた。
「おい、どうしたんだ」
と、言いながら、階段を上がって見てびっくり、血だまりの中、うつ伏せに倒れていた迷子には首がついてない。
声にならない悲鳴を上げて、腰を抜かす学生。そこへさらに、二階から何か丸い物体が、ゴトッ、ゴトッ、と階段を転げ落ちて来る。
学生の足下まで転がって来て止まった物体をよく見れば、まぎれもなく、二重の意味で迷子の生首だ。
その生首と目がバッチリ合ってしまった学生は、パニックを起こし、今度は自分が階段を派手に転げ落ちて行く。
ようやく下まで到達し、痛いのも忘れて起き上がろうとする学生の目の前に、例の甲冑の脚部が立っていた。
恐る恐る、ゆっくり顔を上げて行き、甲冑の顔の辺りを見たと思しき瞬間、剣が素早く振り下ろされ、学生の首がゴトッと床に落ちる。
「うひっ!」
変な悲鳴を上げて怖がるエーレに対し、
「うふふ、何か『シシオドシ』みたーい」
隣ではいつものふわふわした口調で、コルティナが突拍子もない見立てをしていた。
しかし、そう言われると、本当に鹿威しのオマージュに見えてくるから不思議だ。
カコーン。




