◆383◆
「最近シェルシェが、格闘界に本格的に肩入れしてるみたいだねー」
自分がCMに出演している菓子メーカーの製品を詰めた段ボール箱を持って、レングストン家に遊びに来たコルティナが、応接間で菓子の袋を次々と開けながら、いつものふわふわな口調でそんな話を切り出した。
「マントノン家は余裕があるわね。ウチは剣術だけで精一杯よ」
この長年来のふわふわな親友の奇行に慣れているエーレは、特に動じる事もなくこれに淡々と応じ、お茶を運んで来たメイドも慣れたもので、パーティー開きにされてごちゃごちゃとテーブルに並べられた菓子袋の間に、緑茶の入った湯飲みを静かに置き、さも何事もなかったかの様に下がって行く。
「でも、シェルシェの事だから、投資分は回収出来る見込みがあるんだろうねー。それはさておき、このアトレビドの新作はとってもお勧めー。一度口にするとやみつきー」
コルティナは、キャンディーの様な透明な包装紙の両端がねじられているスナック菓子を一つ取って勧めた。
「サムライの国のお煎餅? 音は少しうるさいけど、私は結構好きよ」
受け取って包装紙を開き、中から細長く平べったい形状の粉っぽい小さな煎餅を取り出して一口かじり、
「サクサクした食感で、甘さとしょっぱさがいい具合ね。美味しいわ」
気に入ったと見え、無邪気な笑顔になる。
「うふふ、食べたね? もう後戻りは出来ないよー」
「何の話よ?」
緑茶を一口啜り、もう一つ同じ菓子を袋から取りながら尋ねるエーレ。
「実はそのお煎餅に振りかけてある粉は魔法の粉でー、一度やったらやめられなくなる、という呪いがかけられてるのです」
「健全なお菓子メーカーアトレビドは、いつから麻薬を扱う悪の組織になったのかしら?」
そう言いつつ、二つ目も平げて、菓子の袋に手を伸ばすエーレ。
「ほーら、もうやめられなくなってるー」
「大げさね。この新製品のお菓子のキャッチフレーズは、『やめられない白い粉入り』、とでもするつもり?」
「あ、いいねー、それ。今度提案してみようかなー」
「いや、冗談だから。犯罪の匂いがするから」
「『あのエーレちゃんもやめられなくなりました!』と、体験談付きでー」
「私にあらぬ噂が立つ様な真似はやめて」
「CMは、そうだねー、暗い部屋でこのお菓子をうつろな顔で食べ続けるエーレと、それを必死にやめさせようとする私がいてー」
「おかしな役を割り当てないで」
「最後はエーレが画面から少しずつ消えて、パトカーのサイレンが鳴り響く中、私が泣き崩れるのー」
「何その違法薬物追放キャンペーン的なCM」
「テレビの前の良い子に強力なインパクトを与える事間違いなしだねー!」
「絶対トラウマになるわよ!」
「最後に泣き崩れる私の背後で、シェルシェが妖しい微笑みを浮かべて終了」
「黒幕はシェルシェかい」
「ハマり役でしょー?」
「本人が聞いたら怒るわよ。まあ、否定は出来ないけど」
その場にいない親友に対してすごく失礼な事を言いながら、菓子を取る手が止まらない二人だった。