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首都エディロの郊外で行われた「公開合同稽古」に、遥か遠方の片田舎から祖父ケテ・バジャに連れられて参加した、短いぼさぼさの髪で眉毛が太く人懐っこそうな目をした女子小学生プランチャ・バジャは、帰りの車中、雪の日に外に出た子犬の様に興奮冷めやらぬ面持ちで、
「今度はいつやるんだろ? その時はまた連れてってくれるよね、ね?」
運転席の祖父に話しかけまくっていた。
「いつになるか分からないが、きっと次もあるさ。もちろん、その時はまたお前も連れて行ってやる」
「全国格闘大会推進委員会(仮)」の会合から戻って来る時はいつも不満たらたらな祖父も、その日の「公開合同稽古」には満足したらしく、上機嫌でハンドルを握りながら孫娘に答える。
「いっそ、毎週あればいいのになあ。せめて月一」
「その度にガソリン代がマントノン家から支給されるから、参加すればする程儲かるな」
「ウチの道場の経営が苦しいからって、水増し請求はよくない」
「水増し請求なんかしてねえよ。距離と移動手段から向こうで計算した上で、少し余裕を持たせて多めに交通費をくれるんだ」
「ならいいや。マントノン家は気前がいいね」
「マントノン家っていうより、そこの女当主シェルシェ様のおかげだな。あのお嬢ちゃんが俺達のやってる事に興味を持ってくれたおかげで、今までのグダグダな膠着状態を抜け出せたんだ」
「でも、なんで剣術の名門の当主が格闘なんかに興味を持ったのかなあ」
「格闘『なんか』って言うな。ま、皆は『同じ武芸者として応援してくれてる』って考えらしい」
「じいちゃんはどう思う?」
「さあな。いっそ、あのお嬢ちゃんが全部仕切ってくれればもっとマシになる、と思ってはいるが」
「当主の仕事で忙しいから全部仕切るのは無理じゃないかな。今日だって来れなかったし。サインもらおうと思ってたのに」
「そいつは残念だったな」
「でも、今日は楽しかった! 色んな子と色んな形式の試合が出来たし!」
「色々な奴と取っ組み合えて、いい勉強になったろう」
「ただ、もっと女の子がいればいいのになあ」
「もっと格闘界が盛り上がれば女子も増えるさ。そしていつか全国大会で、そいつらと思う存分闘える日が来る」
「全国大会かあ」
見果てぬ夢にボルテージが上がるおじいちゃんと孫娘。
孫娘が見果てぬ夢の話をする度におじいちゃんが不安と恐怖に陥るどこかの剣術の名門一家とは大違い。