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エディリア格闘界を乗っ取りかねない孫娘シェルシェの野望の毒気にあてられ、いささか気力を消耗気味な祖父クぺに対し、
「これが現在の『全国格闘大会推進委員会(仮)』に参加している道場主と、その道場に所属する目ぼしい道場生をリストアップしたものです」
シェルシェは机の上に持参した資料を置き、さらなる追撃を加えた。
「もう、そこまで調べたのか」
「未来の大会スポンサーの調査を断る道場主はいません」
「なるほど、スポンサーになれば、そういう御利益もあるのか」
椅子の背もたれから身を起し、資料を手に取って目を通すクぺ。
「情報は形の無い武器です。今はさほど価値がない様に思える情報でも」
「将来役に立つ可能性は大いにあるな」
特にこの祖父と孫娘に悪気はないのだが、リストアップされた人達がこのやりとりを聞いたら、少し気を悪くするかもしれない。
「その可能性を買っておく意味でも、意味のある出資です。ですがそのリストをご覧になって、おじい様はどう思われましたか?」
「顔写真を見ると、いずれも劣らぬ面構えの持ち主が多いな」
言葉を選ぶクぺ。
「ふふふ、夜中に子供が見たら怖さの余りひきつけを起すレベルでしょうか」
言葉を選ばないシェルシェ。
「いや、そこまでは言ってない」
「冗談です。もちろん、この凄味のある風貌こそ、彼らの誇りでもあるのですが」
「今のご時世、あまり道場主や道場生の風貌の凄味が強いと、入門希望者も二の足を踏んでしまいかねんがな。興行的にも不利かもしれん」
「そうでもありませんよ。どんなにルックスが良くても弱々しいファイトでは客を呼べません。かと言って、凄味のあるルックスで荒っぽいだけのファイトをしても駄目です。客を呼べる条件は、ルックスより『魅せる試合』が出来るかどうかですから」
「まあ、この書類だけでスター性を見抜くのは無理だ。実際の試合を見てみないと」
「では、書類で分かる範囲ではいかがです?」
「大会を開くにしては、出場選手が少な過ぎる。体重で階級分けでもしようものなら、すぐにトーナメントが終わってしまう」
「もちろん外部からの参加も受け付けるので、もう少し人数は増えるでしょうが、武芸ブーム下火の今、特に伝統も歴史もなく得体の知れない格闘大会に、どれだけ人が集まるかとなると疑問です」
「男子はまだいい方だ。女子となるとさらに少ない。大会開催に当たっては、統一ルールの制定が一番の壁かと思いきや、選手集めの方が遙かに問題だったのだな」
「道場生を集めようと企画した大会が、そもそも道場生が少な過ぎて大会にならないのですから、本末転倒な話です」
「負のスパイラルか。で、お前はどうするつもりだ?」
「大会の早期開催は諦めて、とりあえずは出場選手の育成に力を入れさせましょう。子供の道場生ならまだ数もいますから」
「随分と気の長い計画になって来たな」
だが、この子ならやり抜くだろう。
机の前で妖しく微笑みながら立っているシェルシェを見上げながら、そんな事をクぺが思っていると、
「ええ、やり抜くつもりです」
そんな返答をされ、まるで心の中を覗かれた様な気がして、ちょっとドキッとしてしまった。