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「そろそろ『全国格闘大会推進委員会(仮)』の皆さんがだれて来た頃合いと思い、少し燃料を投下してみました。これでまた勢いを取り戻して動いてくださる事でしょう」
マントノン家の書斎で、現当主にして孫娘のシェルシェが前々当主にして祖父のクぺに報告した。
「まるで蒸気機関車だな。それに少しどころの燃料ではあるまい。会場の手配を一手に引き受けるという事は、実質的にマントノン家が大会を主催するも同然だろう」
機関助士、もとい孫娘の放った大胆な一手に驚き呆れるおじいちゃま。
「規模は小さくとも一流一派の看板を背負う道場主は、一致団結して事を進めるのが苦手の様ですね。正に『船頭多くして船山に上る』状態です」
「基本的に『俺は俺のやり方で行く』を貫いた連中だからな。プライドもあるだろうし」
「このままでは、何年経ってもだらだらとまとまらないまま大会開催のめどが立たず、『大会で儲けている剣術界が羨ましい』と嘆き続けるだけで終わってしまいます」
「そこで、お前が盟主を買って出た訳か」
「はい。せっかく真摯に協議を行っても、決定する手段がなければ先へ進めません。同業者間での妥協が出来ないのならば、部外者が決定権を握ればいいのです。『スポンサーには逆らえない』と言う具合に」
「少し干渉し過ぎの様な気もするが。『マントノン家は金にモノを言わせて格闘界を牛耳ろうとしている』、と批判されるかもしれないぞ」
「ふふふ、牛耳る気はありませんよ。最初の一歩を踏み出すお手伝いをしているだけです」
そう言って妖しく微笑むシェルシェを、クぺは探る様な目で見て、
「まあ、上手く彼らが最初の一歩を踏み出し、自分達の足で歩ける様になればいいな」
半ば諦めた表情になって、そんな感想を述べるに留めた。どの道、この孫娘が一旦こうと決めたら、それを覆す事などおじいちゃまに出来はしないのだ。
「自分達の足で歩ける様になればなったで、金の匂いを嗅ぎつけて裏社会のタチの悪い輩が寄って来ないとも限りませんから、軍と警察にコネのあるマントノン家が背後から睨みを利かせておくのも、悪い話ではありませんね」
「牛耳る気満々ではないか」
椅子の背にもたれて、深いため息をつくおじいちゃまだった。