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「今年の一連の剣術全国大会も、中学生の部はマントノン家、高校生の部はレングストン家とララメンテ家の令嬢対決で、えらく盛り上がったなあ」
武芸ブームの衰退による不況から脱出しようとあがく「全国格闘大会推進委員会(仮)」の面々は、今日もエディリア格闘界の再興を願いつつ会議を開いていたが、ややだれ気味の参加者の口から出るのは「順風満帆な剣術界が死ぬ程羨ましい」の一点張り。
「きれいどころのスター選手が五人もいりゃあ、剣術界は嫌でも盛り上がるよなあ」
大会会場の外でシエルシェ、ミノン、パティ、エーレ、コルティナが笑顔で一堂に会した写真が一面に大きく載っているスポーツ新聞を、ぽい、とテーブルに放り出しながら参加者の一人が言う。
「この子達なら剣士じゃなくても、普通にCMタレントで食っていけそうだもんなあ」
「冷静に考えて、俺達みてえなどっから見てもゴロツキにしか見えねえオッサン共がボカスカやってるだけの試合なんか、金を払ってまで見たいと思わねえよ」
「いや、俺達は主催者側だから、大会に出場するのは若い奴らだろう。それでも、ルックスが良いのはあんまりいねえけどさ」
「むしろルックスが良くて強かったら、それはそれで腹立つ」
段々モテない男だらけの飲み会の様な嫌な空気になってきた。
「でもよ、『勇者』ヴォーンは結構ハンサムじゃなかったか?」
「どことなく得体の知れない雰囲気だったけどな。山奥に住む隠者って感じで」
「実際山奥に引っ込んじまったじゃねえか。金儲けになんか興味ないんだろうよ」
ヴォーンの名前が出ると、どうしてもため息が出るメンバー達。
同じ武芸者でも、あの救国の英雄『勇者』ヴォーンに比べて、今自分達がやっている事はなんだろう。
金、金、金。それだけじゃねえか。
「そりゃ、武芸ブームも衰退するわな。俺達みてえな俗物しかいないんだから」
「でも、霞を食って生きてく訳にも行かねえよ。何をするにもまずは金だ」
「その金を稼ぐには格闘界を盛り上げなきゃならねえ」
結局、こうして様々な流派が集まって「全国格闘大会」を実現させようとしているのも、純粋に武芸の復興を願うと言うより、単に生き延びる為にあがいてるだけなのだ。
「食うに困らない名門のお嬢様達にゃ、俺達の気持ちなんか分からねえだろうなあ」
今日の会合場所となった道場の道場主が、言ってもしょうがない愚痴を吐いたちょうどその時、電話が鳴った。
「はいー、もしもし」
道場主がやる気なさげに受話器を取り、だれた口調で二言三言話すと、
「はいっ……そ、そうです。今、ちょうど会議中でして……え? いえ、まだ、そんな段階では。ルールもまだ決まっていませんし……はい、取りあえず形になったら、そちらにもお知らせします、はい」
急にテンションが上がり、興奮冷めやらぬ様子のまま電話を切る。
「噂をすれば影だ。またマントノン家の当主シェルシェから直々に電話が掛って来た。『もし良かったら、大会会場の手配はこちらで全部引き受けても構いません』、とか言ってたぞ」
「会場をマントノン家で用意してくれるって事か?」
「会場どころか、場合によってはマントノン家が主催する形でもいい、みたいな事も言ってた」
だれた会議がこの一言で一気に引き締まる。
「マジか。こんな採算が取れそうもない大会に、そこまで?」
「ああ、武芸の名門のお嬢様だけに、同じ武芸者の俺達の気持ちもよーく分かってくださるってこった!」
掌を返すのがやたら早い道場主だった。
もちろん、全部シェルシェの掌の上で踊らされているのだが。