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結局、共に最後まで対戦相手に一本も許さず、格の違いを見せつけたエーレとコルティナが決勝まで残り、今年三度目の直接対決が決定する。
その二人に自分の所の選手をことごとく瞬殺され、内心苦しい思いであろうマントノン家の当主シェルシェは、微笑みを崩す事なく、
「『データ分析主義』という言葉が目立ち過ぎて、あの二人の本来の実力が過小評価されないか心配です」
データ分析主義がやたらとクローズアップされるエディリア剣術界の現状への不満を漏らすのみに留めたが、それは裏を返せばエーレとコルティナへの惜しみない賛辞に他ならなかった。
あるいは単に、「マントノン家の剣術が他家より劣っているのではなく、エーレとコルティナが強過ぎるだけだ」、と主張したかったのかもしれないが。当主的に。
「ですが、実際この決勝戦、アウフヴェルツの最新テクノロジーを味方に付けたエーレと、ほとんど魔性に近い分析眼を持つコルティナとの、データ分析勝負という面は無視できません」
この怖い姉に、「別に可愛い女の子ウォッチングばかりしている訳ではなく、ちゃんと真面目に試合を見てますよ」、とアピールしようとして、真面目な口調であえて反駁するパティ。
「だな。どっちが勝とうと、『データ分析主義』の勝利にされる。しかし、それはそれで面白い」
データ分析にさほど思い入れのないミノンも、シェルシェとは少し意を異にするらしい。
妹達の完全な賛同を得られなかったシェルシェは、それでも微笑みつつ、
「ちょっと寂しい気分で問い掛けたくもなるのですよ。極端な話、『データ分析が優れている流派だから勝てたんだろ』と言われたら、武芸者として素直に喜べますか?」
むしろ、自分自身に問い掛けている様な口調になる。
「うーん、そう言われると微妙な所だなあ。まあ、勝ったら嬉しいから、何と言われようと喜んでると思うが」
単純明快、あまり深く考えないミノン。
「まるで、『お前の実力で勝てたんじゃない』、と言われているみたいですね。あまりいい気分にはなれないかもしれません」
さっき反対意見を述べたので、今度は少し賛成してバランスを取ろうとするパティ。自分の意見より、まずは姉の機嫌である。
「ふふふ、私は少し考え過ぎなのかもしれませんね。データ分析主義に関係なく、あの二人が突出して優れた剣士である事は間違いありませんし、今この会場に来ている観客の皆さんも、それは十分承知している事でしょう」
愚痴を妹達に聞いてもらって気が少し晴れたのか、試合場に目を向けて黙りこむシェルシェ。
ミノンは小難しそうな理屈はさておき、エーレとコルティナの試合が始まるのを今か今かと待ち構えている。
パティは無事に怖い姉を何とかやり過ごせた事に安堵して、再びエーレに双眼鏡をロックオンし、心行くまでこのちっちゃな可愛い生き物を鑑賞しようと全身全霊を傾けるのだった。