◆359◆
エディリア剣術界に君臨する名門マントノン家の前々当主クペおじいちゃまが書斎で頭を抱えている頃、その主な原因である孫娘パティは、例によってレングストン家のちっちゃな令嬢エーレに過度なスキンシップと言う名の痴漢行為を働いた罪により、屋敷の地下倉庫に監禁されていた。
だが今回は一人ぼっちではなく、特に悪さをした訳でもないのに自主的に監禁されているミノンと一緒である。
「二年前に二回だけエーレの二刀流と戦った事がある。その時は何とか勝てたんだがなあ」
お祭りから帰って来たばかりのやんちゃ坊主の様に、まだ大会の余韻が抜けきってないミノンが、暗闇の中でパティに意気揚々と話しかける。
「覚えています。二回ともミノンお姉様の勝ちでしたね」
相手の顔さえ分からない真っ暗闇の中、痴漢している時とは別人の様に落ち着き払ったパティの声が返って来る。
「だから心のどこかに、『二刀流何するものぞ』という驕りがあったのかもしれない。今日、お前の二刀流に敗れた事でそれが払拭出来たのなら、優勝や三冠より価値があるというものだ」
「でも、もう一度試合をしたら、私は負けていました。今日の決勝戦は、『勝った』というより『逃げきった』という感じでしたから」
「なーに、勝ちは勝ちだ。それはそれとして、この監禁が終わったら、稽古場で少し相手をしてくれないか。もちろん二刀流で」
「いいですよ。来年の対エーレ戦に向けて、今から二刀流対策ですか?」
「いや、単に今日の決勝戦で負けた悔しさを晴らしたいだけだ」
暗闇の中、二人は笑い合う。
その時突然地下倉庫の中の電灯が点き、二人が眩しそうにしていると、ドアがゆっくりと開いて、
「あまり反省していない様ですね、パティ」
ドアの外でずっと二人の会話を立ち聞きしていたのであろう、鬼より怖い姉にして現当主のシェルシェがにっこりと笑いながら姿を現した。
「これは、その……すみませんでしたぁっ!」
正座から土下座にトランスフォームするパティ。
「いや、私が悪いんだシェルシェ。私がつい、今日の大会についてあれこれと話したものだから」
床にあぐらをかいたまま、あわてて弁護するミノン。
「二人共、後三十分追加です」
シェルシェはそれだけ言うと笑顔でドアを閉め、電灯を消す。
再び倉庫内は真っ暗闇に戻り、その後の長い三十分間を、パティとミノンは緊張した面持ちでただひたすら無言を貫いていた。
もしかすると、ドアの向こうにまだシェルシェが立っているかもしれない。
そんなホラー映画の様な恐怖を感じつつ。