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次のララメンテ家の大会に向けて日々稽古に励むレングストン家の道場生の中から選ばれた、エーレを含む約四十人の中高生が、エーヴィヒの招きに応じてその貴重な一日を割き、アウフヴェルツ社の実験用スタジオを訪れていた。
「皆さんお忙しい中、ようこそお越し頂きました。時間もない事ですし、前置きは抜きにして、早速こちらの画面をご覧ください」
エーヴィヒがキーボードを操作すると、スタジオに設置された巨大ディスプレイの黒い画面の中に、防具を着けて剣を上段に構えた等身大の剣士の3DCGモデルが映し出される。
「処理速度の関係で背景や細かい部分は極力省いていますが、これはマントノン家のミノンさんの3DCGモデルです。先の二大会の試合のデータを基に、その動きを再現してみました」
エーヴィヒがまたキーボードを操作すると、画面の中のミノンが突然こちらに向かって素早く飛び込むと同時に、剣を振り下ろして真っ向から打ち込んで来る映像が流れた。
「では皆さん、今度は先程お配りした3D眼鏡を掛けてから、もう一度この動画をご覧ください」
エーヴィヒに言われるまま、道場生達は3D映画でお馴染みの偏光レンズ付き眼鏡を掛け、再び巨大ディスプレイの方を注目する。
その状態で、ミノンの3DCGモデルがさっきと同じ打ち込みの動作をすると、
「うわ、ミノンがこっちに来た!」
「映像と分かってても怖っ!」
「これ、剣が絶対私の頭に刺さってるよ!」
画面から飛び出した巨大怪獣ミノンに襲撃される錯覚に陥り、3Dのパニックホラー映画を観せられた子供の様に、少しのけぞりつつ騒ぐ道場生達。
「いかがでしょうか? 平面的な映像より、相手との距離感をリアルに感じられたのではないかと思います。他にも、妹のパティさんと、ララメンテ家のコルティナさんのお二方の3DCGモデルも用意したので、今日はこれらの強豪モデルを通して、そのスピードとタイミングに慣れてみてください」
その後、道場生達はミノン、パティ、コルティナの3DCGモデルによる襲撃映像を一通り見せられてから、一人ずつ巨大ディスプレイの前に剣を持って立ち、中学生はミノンとパティ、高校生はコルティナの3DCGモデルを相手に各々その技に対抗する手段を検討した。
「視点をずらせば、自分の立ち位置を変える事も出来ます。好きな位置を指定してください」
「実際にこの三人と戦った事がある方で、『実物と違う』と思う点があれば、どんな些細な事でもいいので教えてください。今後の参考にさせて頂きます」
「現時点では一方的に攻撃を受けるだけですが、将来的にはVR化して、こちらの攻撃も相手に反映させる事が出来る様にしたいと考えています」
そんなエーヴィヒの説明を聞きながら、夢中になって強豪の幻影に向かって剣を振るう道場生は、傍から見ると文字通り「見えない敵と戦っている怪しい人」にしか見えなかったが、もちろん本人は大真面目である、
「本物の動きとは違う点が多々あるけれども、これはこれですごくよく出来ていると思うわ」
コルティナの3DCGモデルと相対した後、エーレが感想を述べると、
「ありがとうございます。まだ実用段階には程遠いかもしれませんが、他のデータと併用して効果を上げて頂けたら、と願っています」
褒められたエーヴィヒは、実に嬉しそうな笑顔を見せる。
「もしかして、私の3DCGモデルも作成してありますか? あれば、自分自身とも戦ってみたいのですが」
「エーレさんの3DCGモデルも作成してありますが、他の三人のデータを入力するのに手一杯だったので、今はまだ動かせません。申し訳ありませんが、ララメンテ家の大会が終わるまでお待ちください」
「そうですか。なら、仕方ありませんね。時間がない中、色々頑張って頂いて、ありがとうございます」
「剣術以外の動作のデータならいくつか入力してあるので、動かせますが」
「結構です!」
自分の等身大モデルがエーヴィヒの趣味全開で一体どんなおぞましい動作データを入力されているのか、聞きたくもないし見たくもないエーレだった。