◆350◆
「パティの姿が見えない様だが」
マントノン家の屋敷の書斎で椅子に深く座っている前々当主クペが、机の向こう側で微笑みを浮かべて立っている現当主シェルシェに、恐る恐る尋ねた。尋ねてはみたものの、あまり真相を聞きたくもない様子である。
「ふふふ、安心してくださいおじい様。パティは今日の大会が終わった後、エーレに狼藉を働かせない様に、すぐ車へ連行しましたから。いつもの様に地下倉庫に閉じ込めて反省させている訳ではありません」
そんな心配症のおじいちゃまを、シェルシェは一度安心させておいて、
「パティは地下倉庫ではなく、そのまま車でとある人里離れた別荘に直行させました」
さらなる不安に陥れた。
「誰にも迷惑をかけなかったのなら、普通に帰宅させてもよかろうに」
こめかみに手を当て、ため息をつくおじいちゃま。
「いえ、人格を矯正する為に拉致監禁した訳ではありません。これは元々パティの意志なのです。もっとも、車に押し込まれる前に、『エーレに一目だけ会わせてください!』、とわめいていましたが」
「では、別荘行きはパティが望んだ事なのか?」
「はい。次のララメンテ家の大会に向けて、しばらく自主的に強化合宿に入りたい、と」
「随分と気合いを入れたものだな」
「他の選手達に手の内を見せたくないのでしょう。あの子の事ですから、何か面白い事を企んでいると思いますよ」
「ミノンは一緒ではないのか?」
「と言うより、パティが一番手の内を見せたくない相手がミノンなのでしょうね。世間では、『パティはミノンの三冠達成の手助けをするつもりなんじゃないか』、と邪推する向きもある様ですが、パティ本人はもちろん自分が優勝するつもりでいます」
「今まではさほど気にする事もなく、一緒に稽古していたものを」
「ふふふ、血を分けた姉妹といえども試合で相対すれば倒すべき敵です、おじい様」
シェルシェの目が妖しく光る。
「無論、その通りだ。マントノン家の名に恥じぬ戦いをしてくれればそれで良い。だが」
クペは少し不安な表情になり、
「本当にお前が拉致監禁したんじゃないだろうな、シェルシェ?」
「ふふふ、私はそこまで鬼ではありませんよ」
鬼より怖い、愛しの孫娘が笑う。