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「まずは三大会の内の最初の優勝おめでとうございます、エーレさん」
レングストン家の屋敷に戻ったエーレを、笑顔のエーヴィヒがゴールドに近い黄色のバラの花束を持って玄関先で出迎える。
お前はこの屋敷の使用人か、と言いたくなるのを押さえつつ、
「ありがとうございます、エーヴィヒさん。でも、会場でご覧になってお分かりかと思いますが、コルティナとの決勝戦は本当に紙一重の勝利でした」
笑顔を作って花束を受け取るエーレ。
「ええ、今年のコルティナさんはまた一段と動きに無駄がなくなっていました。去年までのデータを大幅に書き換える必要があります」
「そのコルティナから試合の後、『今日のデータをどう分析するのか楽しみにしてます』と、あなたに伝言する様に頼まれました」
「そうですか。私もコルティナさんが今回のデータをどう分析するのか楽しみです。あの人の魔術的なまでの分析眼に、アウフヴェルツの技術でどこまで対抗し得るのかが目下の課題ですから」
「期待しています。あのやりたい放題の魔女を、どうか科学の力で封印してください」
「微力ながら、エーレさんのお役に立てれば幸いです。データ分析と言えば、先の中学生の部のデータをお持ちしました。今、ご覧になりますか?」
「ええ。是非」
普通なら出来るだけ早くエーヴィヒに帰って欲しいと願うエーレも、剣術の話題が絡むとその誘惑に勝てず、つい長居を許してしまう。オモチャに釣られて誘拐される子供に似ていなくもない。
屋敷の中に入り応接室に腰を据えると、エーヴィヒは持参したノートパソコンをテーブルに置き、何やらソフトを起動させた。
「全試合のマルチアングル動画に加えて、ミノンさんとパティさんの試合に関しては3Dモデルによる再現を試みました」
そんなエーヴィヒの説明を聞きながら、エーレがわくわくしながら画面を見つめていると、なるほど確かに3Dモデルの剣士が登場する。ただし、それはちっちゃな二頭身の可愛い絵柄の女の子の3Dモデルで、試合の再現には不向きな様に思われた。
しかも、軽快に剣を振り回して踊りながら黒い画面のあちこちを移動するだけで、一向に試合が始まる気配がない。
一番エーレが腹が立ったのは、その女の子の3Dモデルがどう見てもデフォルメされた自分の姿にしか見えない事である。あからさまに金髪ツインテールで二刀流だし。
「あ、間違えました。これは私が趣味で作った『エーレちゃんスクリーンセーバー』用の動画です」
「一分以上見てから気付く奴があるかっ! しかも何作ってんのよ!」
作り笑顔が吹っ飛び、つい声を荒げてしまうエーレちゃん。
そんなエーレを見て微笑みながら、
「失礼しました。こちらが本物です」
メニュー画面に戻ってやり直すエーヴィヒ。
やがてリアルな3Dモデルによるミノンとパティが画面に登場すると、すぐに機嫌を直したものの、
「ちなみに先程のスクリーンセーバーは、完成したらアウフヴェルツ社のサイトで無料配布する事が決定しています」
エーヴィヒにさらっと言われ、不機嫌を通り越して憂鬱になってしまうエーレ。
後にこの「エーレちゃんスクリーンセーバー」は大好評となり、アウフヴェルツ社とレングストン家の宣伝に大いに貢献するのだが、モデルとなったエーレ本人は複雑な心境だったという。