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マントノン家の剣術全国大会の中学生の部では、次女ミノンと三女パティという二つの大駒が、外部から侵攻して来る小駒の群れを一掃する結果に終わったものの、続く高校生の部では攻守が逆転し、レングストン家のエーレとララメンテ家のコルティナという外部の二つの大駒が、マントノン家の小駒の群れを蹂躙する展開になるであろう事は、誰にも容易に予測がついた。
「まるでチェス盤をぐるっと反転させたみたいに、そっくり状況が入れ換わったな」
「ま、俺達はエーレとコルティナの活躍がたくさん見られりゃあ、それで満足なんだが」
「組み合わせから言って、順当に勝ち進めば二人がかち合うのは決勝だから、最後までずっと楽しめるぜ」
そんな観客達の期待通り、エーレとコルティナはマントノン家の精鋭達をものともせず、ほぼ瞬殺に近い形でスイスイと勝ち進んで行く。
「ダメだ。まるっきり呑まれてる」
観客席から身内を応援していたミノンが、手にした双眼鏡を下ろして苦々しげに呟いた。
ちょうど試合場では、ちっちゃな二刀流のエーレがマントノン家の選手から立て続けに二本取って勝利を決めた所であり、その見事な勝ちっぷりに巨大な会場内には大きな歓声が湧き上がる。
「今の勢いに乗ったエーレを目の前にしたら、呑まれるな、と言う方が無理でしょう。一年前に比べて格段に成長を遂げてますし。体型はあまり変わってませんが」
双眼鏡を覗き込みながら真面目に答えるも、口元がだらしないパティ。もちろん、ちっちゃなエーレをロックオンするのに夢中である。
「あんなにガチガチでは、せっかくの試合も楽しめまい」
「でも、ちゃんとやる事はやってますよ」
パティの視線の先では、試合を終えたエーレとマントノン家の選手が抱き合って互いの健闘を称え合う光景が展開されている。舌舐めずりしながらそれを食い入る様に見つめるパティ。
「せっかくの大会、やる事をやっているだけでは物足りなくないか」
「同感です。出来れば相手の全てを味わい尽くしたいものです」
健闘を称え合った二人の選手は、軽く短い抱擁を済ませてあっさりと離れ、試合場を後にする。
「『味わい尽くす』、か。上手い事を言うな。たとえ敵わぬ相手でも、呑まれずに全力で立ち向かってこそ、『味わい尽くす』事が出来ると言うものだ」
「たとえ叶わぬと分かっていても、色々と試したいですよね」
何を想像しているのか、エーレを追尾しながら顔を紅潮させるパティ。
「試合の前は色々と試したい事で頭が一杯になるよなあ。実際にそれが上手く行く事は稀だが」
「そうですね。ある意味妄想している時が一番楽しいのかもしれません」
「だが、上手く行かなくとも、実際に剣を交えている時の感覚は何物にも代え難い」
「妄想の通りにいかなくても、現実のエーレは至高ですとも」
「まあ、パティがエーレと公式大会で剣を交えられるのはまだまだ先の話だがな」
「年の差がもどかしく思われてなりません。早く衆人環視の下、白昼堂々とヤッてみたいものです」
「はっはっは、その気概を委縮している選手達に分けてあげられたらいいのになあ」
屈託なく笑うミノン。
だが、パティが自分が話している内容と全然別の事を考えている事には気付いてない。