◆338◆
「今日惨敗を喫した皆には、『諦めずに頑張って』、と激励しましたが、残念ながら今年の中学生の部は旗色が悪過ぎます」
夜半にレングストン家の屋敷に戻ったエーレが、応接間で今日の大会を振り返り、ため息をついた。
「エーレさんらしくないですよ。そんなに弱気になるなんて」
もう当然の様にレングストン家を訪れているエーヴィヒが、幼い我が娘を見守る父親の様な優しい笑みを浮かべつつエーレに励ましの言葉をかける。
「ミノン一人だけでも手強いのに、変態、もといパティが同時に出現する事で脅威が倍になってしまいました。まるで同じ地域に二つの巨大な竜巻が同時に発生したかの様に」
「組み合わせ次第では、竜巻同士で潰し合って、早い段階でどちらか一方が消滅してくれるケースも考えられますが」
「それを望むのは本末転倒です。普段戦う事のない強敵と対戦出来る貴重な機会が失われてしまうのですから」
「失礼しました」
「もちろん、次のレングストン家の大会の組み合わせ抽選で不正などは一切仕組みません。レングストン家だけでなく、マントノン家もララメンテ家も同様です」
「不正がない場合、二人が最後の決勝まで残る組み合わせも、さほど不自然ではありませんね。二人がそれぞれ二分割した別々のブロックに入りさえすればいいのですから」
「ほぼ二分の一の確率です。むしろトーナメント表の構造からして、早い段階で当たる方が確率が低くなります」
「同ブロック内での近い場所に二人が配置される必要がありますからね」
「結局の所、決勝近くまで二人が残る可能性が高い、と言う事です。潰し合いに頼らず、あの二人の強敵を倒す手だてを何とか見出すしかありません」
「それでこそエーレさんです。では、今日撮った動画データを持ち帰って、すぐに編集作業に入ります」
エーヴィヒはそう言って立ち上がり、
「高校生の部の大会、頑張ってください。応援しています。それでは私はこれで」
エーレの負担にならぬ様、長居せずに、すぐ暇を告げた。
「お気遣いありがとうございます」
こうして剣術関連の話だけをしている分には、エーレもエーヴィヒに対してあからさまな嫌悪感を示す事はなかったが、
「剣術のデータとは別に、エーレさん個人の映像もたくさん撮る予定です」
「どうか、剣術のデータ取得に専念してください!」
最後の最後でやらかすエーヴィヒに、ついイラッとしてしまう。
そんなエーレの表情の変化も愛おしげに見つめつつ屋敷を去るエーヴィヒだった。