◆324◆
多忙な合間を縫ってわずかでも弟ヴォルフと一緒の時間を過ごす機会が得られたなら、それはパティにとって貴重な至福の時間となる。
幼いヴォルフを膝の上にちょこんと乗せて居間のソファーに座り、自分が出演している番組をテレビで見せながら、
「ヴォルフも一緒にテレビに出ちゃおうか?」
と、顔をだらしなく緩ませて尋ねるパティ。
「シェルシェおねえさまのおゆるしがなければだめ、です」
シェルシェによく教育されているヴォルフ。
「黙って出ちゃえば分からないよ」
「いのちをたいせつにしてください、おねえさま」
ややその教育内容には問題があったかもしれない。
「大丈夫、バレても怒られるのは私だけだから」
「だめです。そのときは、いっしょにあやまって、ゆるしてもらいます」
「私の為に謝ってくれるの?」
「パティおねえさまを、しなせるわけにはいきません」
「ヴォルフー! 嬉しい事言ってくれるじゃないのー!」
膝の上のヴォルフをぎゅっと抱きしめ、頬ずりして喜ぶパティ。
「だから、シェルシェおねえさまを、おこらせないでください」
頬ずりされながら、興奮している十歳上の姉を冷静に諭す幼児。
「ヴォルフの為なら、シェルシェお姉様に怒られたって怖くないもーん」
「ふふふ、いい度胸ですね。パティ」
いつの間にか、ソファーの後にシェルシェが笑みを浮かべて立っていた。
「い、いらしたんですか、お姉様」
凍りついた様に停止するパティ。声も少し上ずっている。
と、ヴォルフがパティの腕の中からするりと脱出して、シェルシェを見上げ、
「パティおねえさまは、まだなにもわるいことしてません。おこらないであげてください」
荒神様のお怒りを鎮めようとして必死に祈りを捧げる乙女の様に訴えた。
「ふふふ、『まだ』怒りませんよ。安心しなさい、ヴォルフ」
そう言ってソファの前に回り、この健気な弟を抱き上げ、テレビの方に顔を向けさせて、
「そもそも、あの番組に出てみたいと思いますか、ヴォルフ?」
「あまり、おもいません」
心ない返答を誘導し、出演しているパティの心に大ダメージを与えるシェルシェ。
「パティおねえさまと、こうして、いっしょにみているほうがいいです」
しかし、ヴォルフは救いのフォローを忘れない。
涙目になって喜び、ヴォルフにすがりつこうとするパティを、シェルシェは手で制し、
「ふふふ、あまりこの子に不穏な事を吹き込まない様にね、パティ」
と釘を刺した。
パティの貴重な至福の時間は、こうして時々シェルシェに水を差される。