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「い、いえ、その、ヴォルフがちゃんと一人で寝られているかを確認しようと思っただけで、決してプニプニのほっぺを指でツンツンしたいなどとは、これっぽっちも!」
ヴォルフの部屋の前で現行犯逮捕されたパティが、苦しい弁明というより直球ストレートな犯行計画をぶちまけ、これは有無を言わさず説教の後地下室監禁コース待ったなしか、と覚悟したその時、意外にもシェルシェは優しく微笑んで、
「大きな声を出さないで、パティ。ヴォルフが起きてしまうでしょう?」
と小声で言って、人差し指を立て自分の口元に当てる。
「は、はい?」
狐につままれた状態のパティ。
「ふふふ、私達もヴォルフの様子を見に来たのです」
「私達?」
「ミノンもすぐに来ますよ」
噂をすれば影とやらで、長い廊下の向こうからミノンがこちらにやって来る。
「何だ、部屋にいないと思ったら、もうこっちに来てたのか、パティ」
どうやらパティを部屋に呼びに行っていたらしい。
「では、これから私達は姉として、弟がちゃんと一人で寝られているかを確認しに行きましょう。くれぐれもヴォルフを起こさない様、静かに行動しなさい」
シェルシェを先頭に、ミノン、パティが後に続き、物音を立てない様にそっとヴォルフの寝室へと侵入した。
淡いオレンジ色のナイトランプが点いている薄暗い部屋の中、小さなヴォルフが一人でぐっすりと寝入っている大きなベッドの傍らに三人の姉が立ち、その天使の様な寝顔にじっと見入る事約十分。幼児の睡眠の確認にしては少々長すぎる至福の時間を過ごした後で、ようやくシェルシェは二人の妹の肩に手を置き、
「さ、もう引き揚げましょう」
と言葉にはせず、表情だけで伝えた。
「もうちょっとだけ、もうちょっとだけ!」
言葉にはせず、表情だけで懇願するパティを二人の姉が強制的に連行する形で部屋を出ると、
「ふふふ、いい夢を見ている寝顔でした」
満足げにシェルシェが呟き、
「もう、すっかりこの屋敷での一人寝にも慣れたなあ」
嬉しそうにミノンが言い、
「でも、時々は私の部屋で一緒に寝かせてもいいと思います」
悲しげにパティが訴える。
この訴えも却下されるかと思いきや、
「たまにならいいでしょう。私達は家族なのですから」
破格の許可を与えるシェルシェ。
「ありがとうございます、お姉さま!」
「ただしあなたの場合、怪しい行為に及ばない様に、暗視カメラで一晩中監視させてもらいます」
「私はドキュメンタリー番組で生態調査される野生動物ですか」
「言い得て妙ですね」
三人の姉が小声で話しながら去って行った後も、知らぬが仏のヴォルフはすやすやと眠り続けていた。