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引退して約二十年になるとはいえ、まだまだ壮健で政財界にもそれなりに顔が利く前々当主クペに対しては、
「おじい様には、今後最大の課題となる『統一ルールの下ので剣術大会の共同開催』に当たって、各方面への根回しを手伝って頂きます。出来れば政府の協力を得て、国家的なプロジェクトにまで持って行きたいのです」
四年前に自身の結婚に関するスキャンダルの責任を取る形で引退し、その後マントノン本家と距離を置いて平穏無事に暮らしている前当主スピエレに対しては、
「お父様は引き続き平和な場所で幸せな家庭を守る事に専念して、こちらの事情に巻き込まれない様に気を付けつつ、幼いヴォルフに十分な愛情を注いであげてください。子供の成長にとって大切な時期ですから」
そして当主を継ぐどころか、まだ三歳に満たない次期当主ヴォルフに対しては、
「もうしばらくしたら、あなたは平和で静かな親元を離れ、いずれ当主を継ぐ日に備えてこのマントノン本家で暮らす事になります。いつかマントノン家を背負って立つ日の為に、しっかり学び、修練に励むのですよ」
と、それぞれに言い渡す現当主シェルシェ。
分かり切った事の再確認であるが、こうして一堂に会した場でそれを行う事で、マントノン家のトップの意志疎通に齟齬がない様、念を押す意味があった。
現役の当主でないとは言っても、地位的にそれなりのポテンシャルを持つ者達だけに、ちょっとした相互認識のズレから大事に至る可能性もあるのだ。人はそれをお家騒動と言う。
もっとも、前々当主も前当主も次期当主も、現当主へ異議を申し立てる気などさらさらなく、
「ああ、出来る限り尽力してやろう。使えるカードはたくさんあるからな」
「お前の言う通り、私達は大人しくしてるよ」
「はい、シェルシェおねえさま」
お家騒動とは程遠い絶対君主制ではあったのだが。
「ご協力感謝します。全てはマントノン家の為に」
満足げに微笑むシェルシェ。
エディリア剣術界を代表する名門マントノン家は、現在この高校二年生女子に牛耳られている。