◆32◆
「この国のマスコミは腐りきってます」
あらかた新聞を床に叩き付け終えたエーレは、怒りで喚き散らしたい衝動をやっとの事で抑えつつ、小学生女子らしからぬ不穏な言葉を口にした。
「何だ、私はてっきり、お前が今時の流行に合わせて、レングストン家の宣伝の為に、ベタなツンデレを演出してくれていたのかと思っていたよ」
そんな愛娘の狂態を前にして、いささかも動じる様子もなく、父ムートは冷静に言う。
「全部捏造記事です! 私はこんな事言ってませんし、こんな口調で喋ったりしません!」
「なかなか可愛いと思うんだが」
「可愛い可愛くない以前に、これでは私がただのバカにしか見えません。私だけでなく、ひいては武芸の名門たるレングストン家の沽券に関わる問題です」
「そこまで目くじらを立てる必要もあるまい。プロのスポーツマンとて、宣伝の為にあえてバカを演じて見せるのはよくある事だ」
「ではお父様は私に、今後もレングストン家の為に道化師になれ、と仰るのですか。ベタなツンデレを演じる、底の浅い道化師に」
エーレは怒りつつも、少し悲しげに問う。
「いや、お前にそんなあざとい真似をさせるつもりはない」
ムートの返答に、エーレがほっとしたのも束の間、
「演じるまでもなく、お前は本物のツンデレなのだから」
「誰が本物のツンデレだっ!」
「お前にいい言葉を教えよう、『天然モノは自覚がない』」
「それはむしろ、お父様の天然ボケの事でしょう」
「なるほど、上手い事を言う」
「感心するなっ!」
「そう、カッカするな。少しばかり世間の流行りに乗ったからといって、武芸者としての誇りにさほど傷は付かぬ。お前はまだ子供なのだ。あまり自覚はないかも知れないが。もう少し大人になってもいいのではないか」
「と、言いますと?」
「子供っぽく見られる事を嫌がっている内は、まだまだ子供という事だ。人が自分をどう見ようとも、自分をしっかり持って平然としていられるのが、大人の態度というものだ。マスコミや世間が、お前にツンデレのイメージを与えようとするならば、それはそれで放っておくがいい。当事者としては不愉快かもしれないが、数々の新聞記事に目を通した限りでは、親しみこそあれ、ネガティブな印象は感じられない」
そこで言葉を切って、問い掛ける様に娘を見つめる父ムート。
エーレは自制心を取り戻し、しばらく黙って考えた後、ため息をつき、
「水面は月を映していても、そこに本物の月がある訳ではない。その月は幻にして、水こそが実体。水は静かなればこそ、水面に月を正しく映す。そんな所でしょうか」
「お前なりの『水月』の解釈か。小学生にしては上出来だ」
ムートは軽く頷いて、
「そんな訳で、これからもツンデレを頑張ってくれ」
「お断りしますっ!」
そこだけは頑として譲らないエーレだった。