◆318◆
エディリア剣術界の今後について、シェルシェ、ミノン、パティの三姉妹が、稽古場でつい夢中になって話し込んでいる所に、前当主にして父のスピエレが幼いヴォルフを連れてやって来た。
「こんばんは。おや、お姉さん達が三人共揃っているとは珍しい。よかったな、ヴォルフ」
手を繋いでいる小さなヴォルフに微笑みかけるスピエレ。
「こんばんは、おじゃまします、おねえさま」
もうすぐ三歳になるヴォルフがそう言ってちょこんと礼をするかしない内に、まず三女パティが獲物を見つけた猟犬の様にすっ飛んで行って抱き付き、有無を言わさず頬ずりを始めた。
「かまわず、けいこをつづけてくださ」
「ヴォルフー! よく来たねー! 会いたかったー!」
抗議もむなしく、パティのされるがままになるヴォルフ。テンションの高過ぎる大型犬に襲い掛かられた子供状態である。
「はっはっは、私達に気を遣ってくれるのか、ヴォルフ。だが、もう稽古は終わっているから、遠慮する事はないぞ」
パティに抱き付かれて動けないヴォルフの頭をわしゃわしゃと撫でながら、豪快に笑う次女ミノン。
「ふふふ、二人共、もう遅いのですから、あまりヴォルフを興奮させてはいけませんよ。とりあえず、ヴォルフを放してあげなさい」
長女シェルシェが当主命令を発動して、テンションの高い二人の妹からヴォルフを解放すると、ヴォルフはシェルシェの前にとことこと歩いて来てぴたりと立ち止まった。幼いながらも、誰がこの場におけるリーダーなのかをちゃんと分かっているのである。
シェルシェはそんな訓練犬、もとい弟の乱れた髪を直す様に優しく頭を撫でながら、
「ヴォルフ、もう少し来るのが早ければ、あなたの相手をしてあげられたのですが、もうこんな時間です。お父様とお屋敷に戻って、早く寝なさい」
と言い渡す。
「はい、シェルシェおねえさま」
余計な口応えを一切せず、簡潔に返事をするヴォルフ。よく訓練されている。
「悪かったね、シェルシェ。事前に連絡した通り、途中で渋滞があったものだから、こちらへ到着するのがかなり遅れてしまったよ。とりあえず、お姉さん達へ顔だけ見せておこうと思って」
ヴォルフに近寄ってその手を取りながら、スピエレが言う。
「お気遣い、ありがとうございます。お父様。ですが、今晩はヴォルフと一緒にゆっくりお休みください。小さい子供には十分な睡眠が必要です」
「今晩は私がヴォルフと一緒に寝ます!」
「あなたはもう少しここにいなさい、パティ」
興奮気味のパティの提案を即座に却下するシェルシェ。
心中、血の涙を流すパティをよそに、ヴォルフはスピエレと共に屋敷に戻って行った。
「ふふふ、そんなに悲しむ事はありませんよ、パティ。そう遠くない内に、あの子には毎日会える様になります」
「今、この瞬間のヴォルフの天使の様な可愛らしさを少しでも長く愛でたいのです」
やや発言内容が危なくなっているパティ。
「その役目は、出来るだけお父様とお義母様に取っておいてあげましょう。平和に暮らす両親の元で幸福な一時を過ごした後」
シェルシェは少し寂しげに微笑んで、
「あの子は私達、マントノン家に取り上げられてしまうのですから」
人さらいの様な言葉をさらっと口にした。