◆314◆
「いつもお世話になってるエーヴィヒさんが、ついにウチの道場に入門するんだって?」
レングストン家の本部道場の稽古場の隅で休憩中、ティーフにこう聞かれて、
「実際に剣でビシバシ打たれたら、私に対する歪んだ幻想も粉砕されるかと思ったんだけど、逆効果だったわ」
心底落胆した表情になって、大きなため息をつくエーレ。
「『見るのは好きだけど、やるのはちょっと』と、入門に二の足を踏む人が多い中、剣術を実際にやってみようと思ってくれるだけでもありがたい話じゃないか」
「純粋に剣術だけに興味を持ってくれたのならね。あの男が変態ストーカーじゃなければね」
「エーレ目当てか。じゃあ近い内に、エーヴィヒさんもこの本部道場に通うようになるんだな」
「ここへは来ないわ。『エーレさんにおかしな噂が立っては、ご迷惑になりますから』って、会社の近くの支部道場に通うみたい」
「え? だとすれば、エーレのストーカーどころか、すごく気遣いの出来るいい人じゃないか」
「ああ、もう! なんで皆、あの変態の本性に気付いてくれないのかしら!」
カリカリした様子のエーレを、
「なんで、エーレはエーヴィヒさんを悪く言うんだろう? 見た目も中身もすごくいい人なのに」
と、口には出さないが、内心不思議に思うティーフ。
後でエーレ以外の仲間達にこの事を聞いてみると、
「それは、まだエーレがツン期だからよ」
「エーレは見た目も中身もすごくツンデレだから」
「その内反動で、これでもかって位デレるね。今から楽しみ」
揃いも揃って生温かいニヤニヤ顔で、意味不明な答えが返って来る。
エーレとは長い付き合いだが、自分より皆の方がエーレの事をよく分かっている感じなのはなぜなのか。これが女子力の差というものなのか。
疑問に思ったものの、無心で剣術の稽古に励んでいる内に、細かい事はどうでもよくなってしまう脳筋ティーフ。だからこそ、エーレが誰よりも安心して話せる相手なのであるが、
「あんないい人に好かれてるのに、それが嫌ってどういう事なんだろう。その嫌な人をいずれすごく好きになるって、どういう心境の変化なんだろう」
自分の女子力の低さが、少しもどかしいお年頃であった。
「そもそも、ツンデレってなんだろう」
そこからか。