◆312◆
「エーレさんに水着になって頂いたおかげで、アウフヴェルツは大いに潤いました。心から感謝します」
珍しくエーレの方から、レングストン家の本部道場に呼び出されたエーヴィヒが、稽古場の片隅で嬉しそうにお礼の言葉を述べた。アウフヴェルツが潤った事より、エーレから呼びだされた事の方が嬉しかったのかもしれないが。
「その代わりと言っては何ですが、今日は私からエーヴィヒさんにお願いしたい事があって、こうしてお呼びした次第です」
にっこり笑ってエーレが言う。
「何なりとお申し付けください。私に出来る事でしたら、全力でやらせて頂きます」
「では、私の剣の相手をして頂けますか?」
「私がですか? 身に余る光栄ですが、残念ながら、私は剣術に関してはまるっきりの素人です。とてもエーレさんのお相手などは」
「防具を着けて、剣を構えて立っていてくだされば結構です。私が一方的に打ち込みます」
「それでいいのですか?」
「ええ、エーヴィヒさんには今後も剣術の分析のお手伝いをして頂く都合上、その体で剣術を実感してもらった方が良いと思いましたので」
「それはいい考えですね。ぜひやらせてください!」
「では、こちらの道場生が更衣室までご案内しますので、着替えて来て下さい」
エーレに言われるまま、男子道場生の助けを借りて、用意されたレングストン家の稽古着と防具を身に着けて戻って来たエーヴィヒを、目の前に立たせ、
「剣を中段に構えて動かないでください。下手に動くとケガをしますよ」
その言葉を合図に、剣を構えたエーヴィヒの上体を、手にした二剣で激しく打ち込みまくるエーレ。
五分程、容赦ない連打を浴びせた後で攻撃を中止し、
「いかがです? 実際に打たれてみると、かなり違うでしょう?」
実に晴れ晴れした笑顔でエーヴィヒに声を掛けるエーレ。
それは稽古にかこつけて、日頃の恨みを晴らしている様に見えなくもない光景であり、さぞやエーヴィヒも恐れをなしたかと思いきや、
「ええ、最高です!」
予期に反して、心底嬉しそうな声でこれに返答するエーヴィヒ。
「え、そ、そう?」
エーレの笑顔が少し蒼ざめる。ドン引いたとも言う。
「もっと打ってください、エーレさん、お願いします!」
変態を成敗するつもりが、却って喜ばせる結果になってしまいました。
そんな二人の様子を遠巻きに見守っていた女子道場生達は、
「あれも一つの愛の形ね」
と、思春期特有のいけない妄想を膨らませて無駄にドキドキしていたという。