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「しかし、『ツンデレ』は今若者の間で流行っているのだろう?」
娘とのコミュニケーションが上手く取れていない父親にありがちな、流行りものに関する微妙にポイントを外したムートのコメントに、多感なお年頃のエーレはイラッとしたが、
「少なくとも剣術とは関係ない用語です。むしろ関係して欲しくない位です」
理性を取り戻し、真面目くさった顔で言う。
「もちろん、私とて『ツンデレ』が剣術用語ではない事は承知している。普段はツンと澄ましているが、パートナーと二人きりの時にはデレデレしてしまうヒロインの豹変ぶりを示す言葉だったのが、そこから徐々に変化して、現在は主に、『根は善良だが、中々素直になれない天邪鬼な性格』、を表す様に」
「いい歳をして、長々と『ツンデレ』について熱く語るのはやめてください、お父様。聞いている私の方が恥ずかしくなります」
「では簡潔に結論だけ言おう。お前はツンデレだ」
「どんな結論よっ!」
「これは私一人の意見ではない。ここにある今日の朝刊ほぼ全てに、お前をその様に評価する記事が載っている」
そう言われてエーレは蒼ざめつつも、とりあえず自分が今手にしているスポーツ紙の記事に、改めて目を通す。
一番大きく取り上げられているのは優勝したシェルシェだが、レングストン家の代表として、エーレがインタビューを受けている様子も、そこそこの扱いで取り上げられていた。
敗北を喫してなお、武芸者らしく凛とした表情の写真の下に、
「『べ、別に悔しくなんかないんだからね!』と、気丈に答えるエーレ・レングストン選手」
とキャプションが付加されている。
「こんな事言ってません! 悪質な捏造です!」
そのスポーツ紙を床に勢いよく叩き付けた後、次々とテーブルの上にある新聞を手に取っては、そこに掲載されている記事を目を皿の様にして読んで行くエーレだったが、
「か、勘違いしないでよね! シェルシェは大事なお友達である前に、にっくき敵なんだから!」
「どうせ、シェルシェが優勝するのを期待して来たんでしょ? でも……ありがと」
「大事な場面でミスしたティーフには、私からきつく言っておくわ。だから、その、彼女をあまり責めないであげて」
「マントノン家の大会へリベンジに乗り込む事なんか、これっぽっちも考えてないわ。これっぽっちも考えてないんだからね! でも、もし仮に乗り込むとしたら、リベンジ以外の目的よ!」
「わ、私が負けた試合なんて、そんなに褒められる程のものじゃ……あああっ、もう、知らないっ!」
もちろん読み終わるそばから、怒りに任せてそれらを床に叩き付けて行ったのは言うまでもない。