◆306◆
マントノン家のシェルシェが若き女当主として内外から恐れ敬われる一方で、レングストン家のちっちゃなエーレは国民的マスコットとして内外から愛でられていた。
同じ年なのに、この扱いの差は何なのか。
そんな世の中の理不尽に思いを馳せながら、アウフヴェルツの新CM撮影に臨むエーレ。
「今回も実写パートとCGパートを組み合わせたCMになりますが、今日はCGパートの分のデータを取ります」
アウフヴェルツ社の実験用スタジオで説明する笑顔のエーヴィヒは、CM撮影に関する限り、今やすっかりエーレのマネージャー的な存在になっている感がある。
「で、私のこの格好には一体どんな意味があるんでしょうか?」
体のあちこちに反射マーカーの付いた、黒い全身タイツの様な服を着せられたエーレが、ややうんざりした口調で尋ねた。
「車の多い夜道をちっちゃい子供が歩いても危なくない様に――冗談です、睨まないでください。これはモーションキャプチャー用のスーツです。エーレさんの動きを忠実にトレースして、3DCGモデルに反映させる為の」
「またあのセクハラCGモデルですか?」
嫌な記憶が蘇るエーレ。
「今回はエーレさんご本人に中の人をやって頂きます。はは、そう意気消沈しないでください。このシステムは結構気に入ってくださると思いますよ」
「私にそんな趣味はありません」
「論より証拠、こちらの画面をご覧ください」
エーヴィヒがキーボードをカタカタと操作すると、傍らにある大画面ディスプレイに、ちっちゃな金髪ツインテールの女の子の3DCGモデルが現れた。服を着ていない状態で。
「早速セクハラか!」
「失礼しました。水着を着せますね」
すぐに女の子の体にピンクのビキニが追加されたが、心なしか布面積が小さい。
「もう少し肌の露出を控えてくださるとありがたいのですが」
漲る怒りをかろうじて抑えつつ、丁寧な口調でお願いするエーレ。
「では、実際にやってみましょうか。エーレさん、そちらの台の上に立ってみてください」
お願いを無視して、笑顔で指示を与えるエーヴィヒ。渋々エーレが従うと、
「もうエーレさんと3DCGモデルの動きはリアルタイムで連動しています。右手を上げてください」
「こう?」
エーレが右手を上げると、画面の中の女の子も右手を上げる。
「自由に動いてみてください。その通りにCGも動きます」
それからしばらくの間、エーレは飛んだり跳ねたり手足を振り回したりと、無邪気な子供の様に色々な動きをしていたが、画面の中の女の子はその動きに忠実について来る。
「へえ、よく出来てるわね」
素直に感心するエーレ。
「さらにこんな事も出来ます。どうぞ、これを持ってください」
エーヴィヒがそう言って、エーレに反射マーカーの付いた試合用の長剣と短剣を手渡し、キーボードを操作すると、画面の中の女の子の手にも同じ二本の剣が現れる。
エーレがそれらを構えて鋭く振ると、画面の中の剣も同じ軌道を描いた。
「これはいいわ。使えそう」
さっきまでの不機嫌もどこへやら、表情がぱぁっと明るくなるエーレ。
「お察しの通り、このシステムを剣術に応用すれば、今後のデータ分析にも役立つのではないかと考えています」
そんなエーヴィヒの説明も耳に入らない様子で、夢中になって二刀流の形を演じるエーレ。画面の中の女の子は寸分たがわずその動きを再現する。
エーレを十分程自由にさせた後で、ぽん、と手を叩き、
「はい、今はその辺にしておいてください。剣術のデータはまたいずれ取得するとして、今はCM撮影にご協力お願いします」
遊ばせる時は遊ばせる、仕事をさせる時は仕事をさせる。
ちっちゃい子供の扱いに長けたエーヴィヒだった。