◆304◆
「全国格闘大会か。実現したら面白そうだな」
マントノン家の屋敷の敷地内にある稽古場で木刀の素振りをしていたミノンが、姉にして現当主のシェルシェの話に興味を示し、その手を休めた。
「ふふふ、その時はあなたも出場しますか、ミノン?」
シェルシェが、冗談めかして妹をそそのかす様な事を言うと、
「魅力的な提案だが、専門外の人間がノコノコ出て行っては失礼だろう。大会は選手達にとって単なる試合の場ではなく、観衆からの注目を浴びる晴れの舞台でもある事だし」
猪突猛進の脳筋にしては冷静な意見を述べるミノン。
「それに剣術と違って素手の格闘となると重量制の問題も出て来る。私みたいなデカい女だと、そもそも相手がいないんじゃないか?」
「重量制を採用するかどうかはまだ決まっていません。場合によっては無差別級で開催するかもしれませんよ」
「格闘人口は剣術人口に比べて少なそうだしなあ。一時はあんなに一杯いたのに」
「一杯いても、小流派が乱立してまとまりがなかったので、実質的に人口が少ないのと同じでしたけれどね」
「それを思うと、剣術が主要御三家にまとまっているのはありがたい状況なんだな」
「いずれはその御三家の垣根を超えた大々的な大会を開催したいものです」
「その三流派しかない剣術界でも難しいのに、何十何百とある格闘界となればさらに難しいだろう。どこの誰が音頭を取るかでまず揉めるに違いない」
「ふふふ、『勇者』ヴォーンの様な強力なカリスマを持った武芸者が主導してくれれば、話は別ですけれど」
「そんな伝説級の大物が乗り出したら、大会開催どころか第二次武芸ブームが巻き起こるぞ。でも、『勇者』ヴォーンか」
ミノンは夢見る様な表情になり、
「全盛時の『勇者』ヴォーンと戦ってみたかったなあ、こちらは木刀、向こうは素手で」
うっとりとした口調で、物騒極まりない願望を口にした。
ずっと後に、奇しくも全国格闘大会に関連して、ヴォーン本人ではなくその娘アリッサと木刀対素手の勝負は実現するのだが、それはまた別の話。