◆303◆
「『全国格闘大会推進委員会(仮)』の皆様に、まずは軽くご挨拶がてら、電話を入れておきました」
「向こうはさぞ驚いたろうな。根も葉もない噂が一気に現実化したのだから」
マントノン家の書斎で前々当主にして祖父のクペが、現当主シェルシェの報告を聞いていた。
やけに楽しそうなこの愛しい孫娘は、今度は何をやらかすのやら。
そんな風に、感心と心配と呆れと恐れがごっちゃになった感情を抱きながら。
「ふふふ、まだ具体的な話をした訳ではありません。それとなく現状を確認しつつ、『応援しています』と告げただけです。もちろん、この言葉に含みがある事を、向こうが気付かないはずはありません」
「遠くからそれとなく、そちらへ近づいている事を告げた様なものだな」
「異国の都市伝説にその様な話がありましたね。捨てたはずの人形から電話が掛かって来て、徐々に近づく様子を伝えて行くという」
「最後は、『あなたの後にいるの』で終わるあれか」
「その様な感じで、今後も協力を徐々に切り出して行く予定です」
ある意味、タチの悪いイタズラ電話かも知れん。
そんな考えがクペの脳裏を一瞬よぎったが、もちろん口には出さない。
「で、向こうの様子はどうだった? やはり、統一ルールの制定で揉めている所じゃないのか」
「そこは通過した様です」
「ほう、そこが最大のネックになると思っていたが。中々やるな」
「いえ、結論が出ないまま議論に飽きて、何となく棚上げにされているという状態です」
「通過したと言うよりむしろ立ち往生しているんだが、それは」
「ふふふ、大きな企画を進めている時にはよくある展開です。そのまま企画が立ち消えてしまう事も珍しくはありませんが」
シェルシェはそこで言葉を切って、微笑み、
「次の段階に進む上で、このような停滞こそが重要な意味を持つのです」
「停滞したダメ会議に未来はない様に思えるのだが」
「いえ、停滞は『妥協』を引き出し易くしてくれます。元々確たる正解などない武芸の事、この『妥協』こそが前進の鍵となるのです」
「なるほど、分からないでもない」
クペは机に頬杖を突いて、
「要は、『ああ、もう面倒くさくなって来たから何でもいいや。さっさと決めよう』、という事か」
と身も蓋もない事を言う。
「ふふふ、議論を尽くした後の妥協こそ、会議の本質と言えるのではないでしょうか」
「モノは言い様だな。まあ、好きにするがいい。お手並み拝見と行こう」
ヨソ様の会議に首を突っ込んで裏から操ろうとする孫娘の所業を、複雑な思いで応援するおじいちゃまだった。