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大会翌日の早朝、ちっちゃなツインテールっ娘ことエーレは、父にしてレングストン家当主であるムート・レングストンから、屋敷にいくつかある書斎の内の一つまで来る様にと、呼び出しを受けていた。
エーレが指定された書斎に入ると、ムートはどっしりとした年代物の木のテーブルの前に座っており、そのテーブルの上には各種様々な新聞社の今日の朝刊が乗っている。
テーブルを挟んで父と向かい合う位置に歩み寄り、そこで立ったままエーレは、
「今大会において、マントノン家の人間にむざむざと優勝を許してしまった事を、深く反省しています。今後は、この苦い教訓を活かしてより一層の修練に励み、二度とこの様な失態のない様、努力して行きたいと思います」
真面目な顔でそう告げた。
「いや、そんな事はどうでもいいのだが」
歳の頃は四十代後半、どこぞのボンクラと違って名家の当主としての風格を十二分に備えたムートが、手にしていた新聞から目を上げ、淡々と言う。
「レングストン家の公式大会を、『そんな事』で片付けないでください」
即座にツッコミを入れるエーレ。
「まあ、座りなさい、エーレ。確かにマントノン家にしてやられた格好ではあるが、商業的には大成功だ。どの新聞でも、今回の事は大きく取り上げられている。普段はほとんど注目を集めない小学生女子の部の大会であるにも拘わらず、だ」
ムートは、テーブルの上に散らばった新聞の数々を、どうだ、と言わんばかりに両手を広げて娘に示す。
エーレは大して興味もなさそうに、その中からスポーツ紙の一つを手に取った。そこには一面で、優勝者シェルシェが微笑んでいる写真がでかでかと載っており、
「個人的にはあまり喜べませんが、確かにいい宣伝にはなりましたね」
と、苦々しげに言う。
「結果的な勝敗より、話題性こそが宣伝において重要なのだ。もちろん、マントノン家の娘を、お前が準決勝で食い止める事が出来ていたなら、レングストン家にとっては一番いい宣伝になっただろう。向こうにしても、アウェイで戦う不利を考えれば、準決勝での敗退はさほど不名誉でもあるまい」
「申し訳ありません」
「いや、お前はあの強敵を相手によく戦った。レングストン家の名に恥じぬ一戦であった。それは、あの場にいた全ての人間が知っている」
そう言われて、エーレは少し顔が赤くなったが、
「べ、別に、不本意な結果に終わった試合を褒められても、嬉しくなんかありません」
と、そっぽを向いて答えた。
「うむ、見事なツンデレだ」
「誰がツンデレよ! って言うか、いい歳したお父様まで、『ツンデレ』なんてアホな言葉を使わないでください!」
名家である事の誇りを忘れ、父がボケで娘がツッコミという、愉快な父娘漫才が続く。