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耐えきれない程の責任感と惑いと恐れを自ら背負いこんでしまったティーフが、これ以上持ち直す事は、もはや期待出来そうにない。
ならば、下手な挑発を仕掛けて翻弄するのは、却って礼を失するというもの。
一刀の元に斬り伏せてこそ、武士の情け。
そう考えたのか、ティーフに相対するシェルシェは、剣の構えを中段から上段に切り替える。
その姿はまるで、死刑囚に向かって斧を振り上げる首切り役人の様に見えた。
剣を頭上に振り上げたまま上半身をほとんど動かさず、ゆっくりと間合いを詰めて行くシェルシェ。
片やティーフは、中段に構えた剣を落ち着きなく上下左右に揺らしながら、いつ来るか分からぬ恐怖の一撃に備えるだけで精一杯の様子。
と、何の前触れもなく、シェルシェが左手だけで放った電光石火の如き頭上からの一撃を、ティーフはほぼ偶然に近い程反射的に自分の剣で受ける事に成功し、そのまま鍔迫り合いにもつれ込んだ。
やがて、両者合わせた剣を互いに滑らせる様にしてゆっくり離れ、再び間合いを取って、首切り役人対死刑囚の構図に戻る。
しかし、今の一撃を食らって吹っ切れたのか、ティーフに本来の攻撃性が少しずつ蘇り始めていた。
中段に構えた剣を小刻みに振りつつ、リズムを整える様に体を動かし、隙あらば反撃に転じようとするだけの余裕が出て来たティーフを見て、上段に構えたままほとんど動かないシェルシェが、防護マスクの下で妖しく微笑む。
観客が手に汗握りつつ見守る中、先程と同じ様に何の前触れもなく、シェルシェが動いた。
反射的に頭上を守ったティーフの剣を避ける様に、ぐにゃりとした軌道を描いて振り下ろされるシェルシェの剣。
シェルシェはスタンスを大きく開き、身を沈めつつ体を回転させ、ティーフの体を切り裂く様な右胴への一撃を見事に決めた。
試合終了。優勝者シェルシェ。
互いに礼の後、防護マスクを外せば、優しく微笑むシェルシェに試合中の血に飢えた魔物の如き面影は微塵もない。
悔し涙に濡れるティーフの元に歩み寄り、
「今日はありがとうございました。いつかまた戦いましょう」
と声を掛けて右手を差し出すシェルシェ。
「ありがとう、ござい、ました。いつか、必ず」
その手を取って握手し、こみ上げてくる嗚咽を抑えつつ、何とか応対するのがやっとのティーフ。
ここだけ見れば、まるで青春映画の一コマの様であったが、実際はむしろホラー映画であった事を、シェルシェと対戦した選手達は皆、嫌という程知っている。
現場にいないと分からない事は結構多い。




