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三冠達成が懸かった決勝戦でパティの対戦相手となったのは、ララメンテ家の中でもほとんど注目されていなかった六年生のセレサ・アブリル選手だった。もっとも、小学生の部で注目されているのはパティただ一人、という一強状態ではあったが。
しかしそのナンバーワンにしてオンリーワンたるパティが、データ分析主義によって対策を授けられた選手達に苦戦を強いられている今大会、観客達も勝敗の行方が全く予想出来ない。
「何にせよここまで勝ったんだから、このままパティが優勝するんじゃねえか」
「いや、苦戦続きで疲れているパティと、割と普通に決勝まで来た対戦相手とじゃ、後者が有利だろ」
「どっちにしても、簡単には勝てないだろうな。微妙な判定勝ちか、延長戦に突入か」
試合が開始されると、剣を中段に構えたパティと同じく剣を中段に構えたセレサが、大きく距離を取って対峙し、そのままほとんど動かず、長い探り合いが続く。
不意にパティが剣を振り上げるや、間髪を入れず身をよじって剣を横にして持ち上げ、鋭い一打を防ぐセレサ。
「完全に分析されていますね」
シェルシェが感心する様に言う。
「だが、技の冴えはパティの方が遥かに上だ」
隣で興奮しながら妹の試合を見守るミノン。
ほとんど剣を交えずに膠着したまま二分間があっと言う間に終了し、試合は延長戦に突入したが、両者の動きにほとんど変化は見られず、距離を取ってじっと睨みあったままの状態が延々と続いて行く。
やがてパティの方に、少しずつではあるが攻勢の色が見え始め、相手に照準を合わせる様に前後左右に小刻みに立ち位置を変えていたが、セレサの方はそれらの動きに一々対応して微妙に剣の構えを変え続け、付け入る隙を与えようとしない。
時々剣先と剣先をカチカチと合わせるも、そこから攻撃らしい攻撃は始まらず、得も言われぬ緊張感の中で時間だけが過ぎて行き、延長戦開始から十分が過ぎた時、ついにパティが勝負に出る。
素早く前に飛び込み、相手の左胴を目にも止まらぬ早業で斜め上から打ち据えたのだが、その動きを予期していたかの様に、セレサの剣がパティの頭上を一瞬早く打っていた。
そのまま両者鍔迫り合いとなったが、審判はセレサに一本を認め、試合終了。
十分以上も張りつめていた緊張感が解けると同時に、観客席から一斉にため息が漏れ、一拍置いた後、この天才を仕留めた無名選手への拍手が沸き起こる。
「コルティナのデータ分析もさる事ながら、あのセレサという選手もよくこの長丁場を耐え抜きました」
妹を破った相手に素直に賞賛の拍手を送るシェルシェ。
「あれ、何か様子が変だぞ」
盛大な拍手を中止して、双眼鏡を覗き込むミノン。
互いに礼を終えた後、防護マスクを取ってから、いつもの様に相手を熱烈に抱きしめようとしたパティが、逆にセレサに抱きつかれ、その体を支えている。
そのままお触りタイムに突入するかと思いきや、しっかり相手を抱きとめたまま、首を横に向け、
「すみません、担架をお願いします!」
スタッフの方に叫ぶパティ。
観客達も異変に気付いてざわつく中、駆け付けた救護スタッフにより、防具を付けたまま担架で運ばれて行くセレサ。
その後優勝者不在のまま表彰が行われたが、やがて会場内に、
「優勝したセレサ・アブリル選手は試合後担架で運ばれましたが、先程医務室で無事回復しました。体に深刻なケガなどはなく、緊張のあまり意識を失った模様です」
という放送が流れ、観客達はほっとすると共にその勝負へのただならぬ執念と根性に対し、改めて惜しみない拍手を送ったのだった。




