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「古風な精神性を重んじる傾向が強いレングストン家にも、パソコンメーカーと手を組んだ事で技術革命の波が押し寄せた様です」
マントノン家の屋敷に戻った当主シェルシェは、書斎で祖父クペにそんな私見を述べた。
「エディリア剣術界も本格的なデータ分析の時代を迎えつつあるのかもしれんな。修練の積み重ねより、有効な情報を収集した方が勝ち残る、いずれはそんな極端な状況が当たり前になってしまうのか」
クペはやれやれと言わんばかりに首を横に振る。
「ふふふ、極論ですが、大会に関する限りまったくありえないとは言い切れませんね。大会では主要な強豪選手のデータが、割と容易に入手出来ますから」
「我々もデータ分析に力を入れるべき時が来たと見るべきか」
「ええ、ですがそれは、『古風な精神性や修練の積み重ねをおろそかにする』、という意味ではありません」
「そうであって欲しいものだ。『ただ勝てばよかろう』式のスポーツ化は避けたい」
「いえ、スポーツ化は望む所です。ただし従来の剣術を変えるのではなく、別物として誰でも気軽に参加できるスポーツを用意する、という意味ですが」
「壮大な野望だな」
「時間はかなり掛かりそうですが、成功すればエディリア剣術界に多大な利益をもたらす事でしょう」
「『ただ儲かればよかろう』式のスポーツにならない様に気を付けてくれ」
「ふふふ、むしろそんなスポーツなら大歓迎です。広く浅くそのスポーツで儲けた分を、本格派の精鋭達を育成する資金に回せます」
「まるで、多数の凡庸な生徒から集めた金で、超難関校に合格するごく一部の優秀な生徒を育成する大手学習塾のやり方だな」
「言い得て妙です」
「くれぐれもあこぎな真似は慎んでくれ。マントノン家の名誉に関わる」
「慎むまでもなく、そう簡単にあこぎな真似など出来るものではありません」
そう言って微笑むシェルシェを、不安そうに見つめるおじいちゃま。
慎むどころか全力で行く気なのか、我が孫娘よ。




