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延長戦になっても、相変わらずコルティナはふわふわと積極的攻勢に出て、観客達をハラハラさせる事にせっせと励み続けている。
「なんだろう、この試合を見てると訳も無く不安になって来るな」
「普段あまり動きのない物体が活発に動くと、違和感を覚えるんだよ、きっと」
「時計の針が高速回転してたら、怪異現象みたいで不気味だもんな」
仕掛けても仕掛けてもそのタイミングを読まれ、ことごとくエーレの二剣に防がれてしまう、いつものコルティナらしからぬ姿を安心して見ている事など出来る訳がない。
時折エーレが鋭い反撃の一打を放つ度に、観客席から、
「あっ!」
と、まるで暴走トラックが幼い子供を轢きそうになったのを目撃してしまった感じの短い悲鳴が上がる。
「心臓に悪いな、この試合」
「あまり動かないで相手の攻撃を防いでこそコルティナだよな。何だって不慣れな事をやるんだ」
「バグって、この前の大会のデータを分析し損なったんじゃねえか」
観客達がそんな風にトーンダウンし始めた頃、
「コルティナはエーレじゃなくて、他の見えない何かと戦ってるみたいだ」
試合を観ていたミノンが、ふとそんな事を口にした。
「ああ、言われてみると確かにそんな感じ」
パティもミノンの言葉に頷く。
「ふふふ、その『他の見えない何か』の正体は、大方、観客席からエーレを夢中で撮っているあの男でしょうね」
シェルシェは再び双眼鏡をアウフヴェルツ家の三男の方に向けた。
「なるほど、コルティナもあの男のデータはまだ持ってないから、この際一通り取得しておこうってハラか」
「普通に戦っても互角の相手に、随分と危なげな橋を渡ってますね」
ミノンとパティが、シェルシェに答える。
「正確には、あの男がどんな策をエーレに授けたのかを見極めようとしているのです。エーレの方もあえてコルティナのやりたい様にやらせて、その策を試しているフシがありますが」
「随分と変則的な試合だな」
「二人一組で行う技の練習に近いかも」
「でも、データ取得が一通り終わったら、コルティナもまた元のスタイルに戻すかもしれませんよ」
シェルシェがそう言った直後、コルティナは積極的攻勢からあまり動かずに相手を待ち受ける元のスタイルに移行し、たったそれだけで会場の雰囲気を一気に盛り上げる。
「よし、それでいいんだ!」
「ここから逆転しろ!」
「絶対二冠だ、二冠!」
ハラハラさせられる時期が長いと、危機を脱した時、見返りを求める心がやたら強くなる事があるので、注意が必要である。




